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2020年5月27日 (水)

「中村哲先生の死」に世界中のアフガニスタン人が泣いている ④

続き:

■ 皆に愛された「カカムラッド」

 中村先生の医療支援は、1984年、パキスタンとアフガニスタン難民への医療活動から始まりました。病気の大半は安全な飲み水がないことが原因で、「医療よりもまず水だ」との考えに至り、アフガニスタンで井戸を掘り、地下水路カレーズや用水路の建設に取り組まれたことは、みなさんよくご存じかと思います。

 先生は、ショベルカー、トラックター、ブルドーザー等の運転を習い、操縦し、率先して工事を進められていました。自らの手で砂利を運ぶその勇ましい姿は、現地の人たちにとって良きモデルであり、良き指導者でした。中村先生は、アフガニスタンの公用語の1つであるパシュトゥー語を流暢に話し、現地の住民と自由に話をされていました。そして、「カカムラッド」(カカはおじさん、ムラッドはナカムラ先生の愛称)と呼ばれ、子どもから大人まで多くの人々に慕われていました。

 中村先生は、2018年3月に、アフガニスタン政府より、アフガニスタン国家勲章を授章され、2019年10月には先生の長年にわたる功績により名誉市民権(市民の ID であるタスケラ)も授与されています。それ以来、先生はアフガニスタン名誉市民としてビザなしで自由に入国することを許されていました。アフガニスタンで2001年以来、このような市民権が与えられた外国人は、中村先生だけです。

 そんなアフガニスタン人が中村先生に危害を加えることなどありえません。水をめぐるトラブルを推測する人もいますが、中村先生の灌漑事業はもう昔から続けられており、それも当てはまりません。襲撃は、アフガニスタンの平和、安定を破壊するために行われたと見られ、ガニ大統領は、いち早くテロである旨を発表しています。

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