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2020年5月30日 (土)

GIGA スクール構想の行方をめぐって ②

続き:

◆ 経済は教育の上位概念ではない

 経産省主導の EdTech には、産業育成の観点が濃厚にある。そうでなければこの役所が政策課題とするはずがない。経産省「『未来の教室』とEdTech研究会」の第1次提言では、「産業界と教育界の連携」「民間教育と公教育の連携」という文脈でそれが語られている。例えば学習塾は「教育イノベーションをリード」し、「『能力開発産業』へと本格的に脱皮すべきである」とし、「高大接続改革の流れにも乗りながら」「新たな教育サービス市場を自ら戦略的に育成していく」ことを求めている。さらに「民間教育と公教育が本格的な協働を進めるべき」だとし、「協働の阻害要因になる制度・慣行があれば、それを明らかにしていくべき」だという。

 前川はフリースクールのような学校外の学習機会は大事だと思うし、従来の学校制度にはまらないオルタナティブな教育の必要性も感じている。戦後新学制の救済的制度だった「通信制中学」を現代的に再構築するなど、公教育におけるICT活用拡大のための制度改革も必要だと思う。しかし「岩盤規制に風穴を開ける」「官製市場を民間に開放する」と尻を叩かれ続け、学校選択制や株式会社立学校、公設民営学校など新自由主義的政策を押し付けられてきた文部官僚時代の苦い経験に照らすと、経産省主導の教育改革論には警戒心を抱かざるを得ない。

 例えば、EdTech の1つに数えられる「ブロックチェーン学習」は仮想通貨システムから派生した考え方だという。「learning is earning」が合言葉だそうだ。「学ぶことは稼ぐこと」とでも訳すか。学習にそういう側面があることは否定しない。明治政府も学制発布の際に「学問は身を立つるの財本」と言った。しかしそこには「学問は公共のもの」という大前提があった。一方「ブロックチェーン学習」では、学習機会の提供はあくまでも市場で取引される私的サービスであり、学習は儲けを産む私的投資だ。「私が教えてあげたことによってあなたが儲かったのだから、その分け前を仮想通貨で私に寄越せ」というのだ。このような学び方には、新たな市場価値を産み出す効果はあるのかもしれないが、市場に任せられない公共的課題の学習や、市場的価値は低くても学術的価値は高い分野の学習は排除されてしまう。そのまま公教育に持ち込むのは危険だ。

 教育は基本的に公共財だ。だからこそ国際人権規約は初等教育無償制を求め、中等教育、高等教育についても漸進的無償化を求めている。教育を市場に任せていくと教育の機会均等を破壊し教育格差を拡大する危険性がある。また、教育の目的は「稼げる人間」や「GDPを増やす人材」を育てることだけではない。教育を人間の生産性や市場価値を高めるための投資とだけ考えるのは間違いだ。教育基本法第一条に規定されるように「人格の完成」と「平和で民主的な国家及び社会の形成者」の育成こそ、教育の目的である。そこでは、人権教育、平和教育、環境教育、ESD(持続可能な開発のための教育)など、公共性の高い教育が大切になる。経済は教育の上位概念ではないし、経産省は文科省の上部の組織でも無いのである。

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