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2020年5月17日 (日)

デジタル教科書は万能か? ④

続き:

◉ ビデオ授業はどこが違うか

 一方、ビデオ授業を実施する場合を考えてみよう。確かに授業を受けただけなら、ビデオを見ても、実際に教室に行っても違いはなさそうに思える。

 しかし、それは本当だろうか。実際の授業では学生の視線は板書する先生のチョークに真っ直ぐに向いている。ところがビデオをモニターで見る場合はどうだろう。学生の視線はモニター全体を見ている。ビデオ授業には学生の注意を一点に向けさせる機能はない。ビデオ授業は学生の注意が散漫になってしまう。

 また、ビデオの場合は何度も見ることもできるが、それ故にノートを取ることは少なくなる。

 ノートを取った場合と、ノートを取らないでビデオを再度見て復習することを比較してみよう。

 ノートを取った場合は、たった数ページのノートの中に一回分の授業内容が凝縮されている、それで数分で授業内容を掴むことができる。しかし、ビデオを見る場合はどうだろうか。ビデオの外見からは、どこに重要な部分が録画されているか分かりませんから、ほとんど全てを見なくてはならないだろう。復習を行うのにビデオは、便利なようで実は非効率的。海外の大学や研究機関では講演をビデオアーカイブにしているところが多いですが、自分(辻)が開いた講演なら、自分のノートを見直した方がビデオを見るより速く復習できます。

 ビデオ授業を利用する場合でも、ノートを取ることは意味があり、ノートを取ることで内容をある程度、頭で整理することになり、学習効果が期待できる。

◉ 情報量と教育効果

 人間の記憶には、長期記憶の他に、短期記憶を元に、情報処理を行うワーキングメモリーがある。つまり、思考の材料を短期記憶として頭の中に並べ、それらを情報処理することで、人間の思考は成立しているのです。従って、深い思考をするには、ワーキングメモリーをできるだけ無駄なく使うことが必要。これが集中力の正体です。つまり、集中することは、頭の中に無駄なものを置かないことで、思考のフリーハンドを獲得することなのだ(禅の精神にも通じるもの)。

 人間のワーキングメモリーには限りがあり、それを拡張する方法は知られてない。深い思考をするためには、何よりも、頭の中に、無駄なものを置かない、つまり情報のエッセンスだけをおいておき、ワーキングメモリーの使用を最小限にしておくことが望ましい訳です。

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