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2020年5月16日 (土)

デジタル教科書は万能か? ③

続き:

◉ 文章の教育効果

 学習には集中力が必要。デジタル機器は強く視覚を刺激するが、それが必ずしも理解を深めるとは限らない。強い刺激が思考を妨げになるから。

 そのことを示唆する例を挙げよう。パワーポイントは今日、広く使われているプレゼンテーションソフトである。しかし巨大IT企業アマゾンではCEOのジェフ・ベゾス氏の意向により、社内でのパワーポイントの使用を禁止しています。その理由は次のペゾス氏自身の言葉に集約されている。

 

  文章を書くのは難しい。それぞれの文中には(適切な)動詞があり、それぞれの段落にはトピックがある。明確でクリアの思考がないとストーリー として構築された6ページのメモ書くことは不可能だ

 

 ここには教育の本質が含まれているのです。つまりクリアな思考とは「得た情報を自分で考え、そこに構造を見出す」ということであり、「情報を整理、分析、思考してそこにある構造を浮き彫りにする」ことで物事をクリアに俯瞰することができるということ。パワーポイントはカラフルな図やチャート、グラフで受け手に強い刺激を与えますが、そのことが必ずしも受け手の理解に繋がるとは限らない。

 何故なら文章を書くときに書き手が行なう、「情報の整理、分析、考察」がそっくりそのまま抜け落ちてしまうからだ。パワーポイントでは画面はすぐに切り替わってしまうので、受け手が思考を働かせる余裕があまりないのです。さらにいえば動画はパワーポイントより遥かに情報量が多いので学生を「観客」にしてしまいます。

 一方、文章を読むときはどうでしょうか。読み手は文章に向かって一心に注意を集中させ、頭の中で咀嚼し理解していきます。文章は「凝縮した情報」であり、それを読み手が頭を働かせて理解していくプロセスがどうしても必要だ。しかも、パワーポイントと違い、自分のペースで読むことができます。文章がどれほど凝縮した情報であるかは、

     静けさや  岩に染み入る  蝉の声  (芭蕉)

を見れば明らかでしょう。ここには一つの世界観すら込められている。文章を読むときには、自分で考える必要がある。ここがパワーポイントを見るのとは決定的に異なるのです。

◉ 板書を使った授業の仕組み

 実は教育効果を上げるには、学生に与える情報量を少なくすることが有効だ。教育現場では学生に与える情報量減らすことで教育効果を高めていることを、まず授業を受ける場合から考えてみる。授業を受けるとき、学生は目や耳で情報を、それをノートに記録している。それを復習・整理したり、又は演習問題を解いたりして習熟することで使えるようになるわけである。

 それでは、授業で板書をするのは一体何のためなのか。それは学生に伝える内容のエッセンスを整理して伝えるため。そのとき学生は今行われている板書を凝視することになっている。つまり学生の注意は板書のゆくえに向けられます。なぜなら遅れずにノートをとるためには、そうせざるを得ないから。つまり、授業での板書は学生の注意集中の効果があるわけ。一方、学生の側ではノートをとる際に、書きとる内容に注意が集中し、それを咀嚼することに思考が集中します。

 このように従来型の板書による授業は、学生の注意を「集中」させることで、学生が受け取る情報量を最小化することで教育効果を上げる教育方法であると言えるでしょう。 

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