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2020年5月25日 (月)

「中村哲先生の死」に世界中のアフガニスタン人が泣いている ②

続き:

アフガニスタンと日本との交流

 アフガニスタンは日本と同じように長い歴史があり、昔からシルクロードを通して日本と多くの関わりを持ってきました。そのため文化の面でも似ていると思うことが沢山あります。その昔アフガニスタンには王朝制度があり、1973年に起きたクーデターにより、王制が廃止されるまで、アフガニスタンの王室は日本の皇室と親交を深めてまいりました。

 1969年、アフガニスタンのザーヒル・シャー国王とホメイラ両陛下は国賓として、1週間、日本を公式訪問し、昭和天皇、皇后両陛下による歓待を受けました。そして、1970年、アフマド・シャー皇太子および同妃両殿下が訪日し、大阪万博をご訪問されました。アフガニスタンの国王と王妃による訪日の答礼として、現上皇陛下は、1971年、当時皇太子殿下として美智子妃殿下と共にアフガニスタンを6日間の日程でご訪問されていらっしゃいます。アフガニスタンの国民はお二人の訪問を大変歓迎しました。滞在中のお二人に満天の夜空を楽しんでいただけるよう、政府は灯りを自粛するよう国民に通達されたという逸話があるほどです。

 一方、日本は島国で海に囲まれていますが、アフガニスタンは大陸の中心に位置する内陸国のため、昔から何度も他国から侵攻され、占領されてきました。そのたびに屈することなく、領土を守りぬいてきました。

 中村先生は、1984年から35年間にわたりアフガニスタンで活動くださいましたが、それはアフガニスタンにとって激動の時代でした。どのような状況だったか、近年の動きを説明しましょう。

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