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2020年5月28日 (木)

「中村哲先生の死」に世界中のアフガニスタン人が泣いている ⑤

続き:

■ 全世界でアフガニスタン人が泣いている

 2019/12/06、私は出張でカブールにいたので、中村先生のご家族をカブール空港でお迎えすることができました。その晩、私もガニ大統領ご夫妻やアフガニスタン主要閣僚と共に大統領府にて、大統領より哀悼の言葉がご家族に伝えられるのを聞いていました。その後、先生の棺が日本に戻る際には、棺にアフガニスタンの国旗がかけられ、ガニ大統領はカブール空港にて先頭に立って棺を担ぎ、飛行機迄運びました。

 ガニ大統領の対応はまさに特別で、アフガニスタンの英雄に対する最高の敬意を表しています。私もご家族と一緒に羽田空港まで飛行機に同乗しました。2019/12/11、ご家族とペシャワール会による合同葬が福岡市で営まれ、私も参列させていただきました。弔辞を読む際には、溢れる涙をこらえることができませんでした。

 先生は日頃より「治安を良くするのは武力ではない」という志のもとに行動されており、貧困の重圧やテロの恐怖、病に苦しむ多くの人々を、物理的そして精神的に大きな愛をもって救ってこられました。中村先生は、私にとって天使であり、素晴らしい友人でした。

 2020/01/25、福岡市にある中村先生の母校、西南学院大学で一般の方も参加できる先生の「お別れ会」がペシャワール会により開かれました。2000人の席がチャペルに入り切れないほど集まり、皆で先生を偲びました。これからもペシャワール会が先生の遺志を継ぎ、アフガニスタンで事業の継続をするとおっしゃってくださったことに心より感謝申し上げます。

 現在のアフガニスタンは、国家としての歴史はまだ18年。民主主義という点でも未熟なところはあります。しかし、タリバン政権時に70万人程度の子ども、しかも男の子しか学校に通えませんでしたが、いまは女の子も含め1000万人近くが学校に通っています。そしてインフラが整備され、生活環境は改善されています。アフガニスタンにとって世界第二位の支援国である日本の援助が非常に大きいのです。ニュースは悲惨な事件に偏りがちですが、日本国民の税金が活きていることも、この機会にぜひお伝えしたいです。

 中村先生の悲報は、アフガニスタンのメディアでも大きな悲しみをもって報じられました。街のあらゆるところに大きなポスターがあり、「中村先生に哀悼の意をささげます」「中村先生を忘れません」「守れなくて申し訳ありません、ドクター中村」などと書かれています。そして、スポーツ大会などでは、中村先生の大きな写真を飾り、「中村大会」と先生の名前を冠した大会も開催されています。

 中村先生はご自身の大切な若い時代も、そして結果的には命もささげ、人を助けることしかしなかった。アフガニスタン人は全世界で泣いています。中村先生は、永遠にアフガニスタンの偉大な友人であり、英雄です。

 先生のご功績を偲んで、心からご冥福をお祈りいたします。私たちの心から中村先生が消えることはありません。

        2020/02/17、談。 まとめ 編集部・大山美佐子

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