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2020年6月 6日 (土)

「人間と科学」第312回 体と心の5億年(2)—脳科学者 アントニオ・R・ダマシオ ③

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 ダマシオは、「『冷静な』理性を支えるには身体を基盤にしたメカニズムが必要である」と言う。そして「理性は少しも純粋でない」とも言う。人は、そうやって(=ソマティック・マーカーによって)生きている。ダマシオは、脳の損傷をした患者などを対象に、様々な実験を行うが、そこでも被験者が「賢い判断」ができるには、情動の助け(つまりただの理性でなく直観)が必要になることを明らかにする。

 ダマシオは「創造性は直観と理性の融合にある」とも言っている。私たちが、ものを考えるためには、正しい判断をするためには、理性を磨く努力をするだけでなく、情動の力に頼ることも大切なのさ。いや、実は情動の力に頼っているのだ。

 では、その情動のありかたとは、人の身体のどこにあるのか?

 

   特定の反応オプションとの関連で悪い結果が頭に浮かぶと、いかにかすかであれ、あなたはある不快な<直感的感情>を経験する。その感情は身体   に関するものなので、私はこの現象に「<ソマティック>な状態」という専門用語を付した……私がソマティック・マーカーと言うとき、私は内臓的感覚と非内臓的感覚の双方を含めている(『デカルトの誤り 情動、理性、人間の脳』271 P.)

 

 ここで、とうとう「内臓」と言う言葉が飛び出した。三木成夫と同様、アントニオ・R・ダマシオも、情動ありかは内臓であると考えているのだ。

 それにしても、なぜ、デカルトは「誤っている」とダマシオは言うのか?デカルトといえば、「心を脳と身体から切り離した」心身二元論の哲学者。「桶の中の脳」という、身体から切り離した脳が、考えたり心を持っていたりするというSF的イメージがあるが、このような発想の始まりはデカルトで、そのイメージが語るのは、脳に(心に)身体は不要ということ。

 それに対して、ダマシオはそれを「誤り」と断定して、内臓の大切さを説いた。ダマシオは言う。「ある種の<身体性>なしに、たぶん心というものを考えることはできない」。「我々は、通常思っているよりもはるかに身体全体を意識している」。

 人は、内臓がある存在で、その内臓が心とも関わっている。体の声に耳を澄ますことを、忘れてはいけない。

 

 

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