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2020年7月17日 (金)

ウィルスの目線からの考察 ⑥

続き:

■ ウィルスの目線で見る その<2>

 根絶を目指して強い淘汰圧をかけられたウィルスは、生き延びるために進化する。進化したウィルスに対し、人間もまた、対抗手段を開発する必要に迫られる。それが繰り返される。ウィルスと人間との間で演じられる軍拡競争にも似る。そうした軍拡競争を、生態学の用語で「赤の女王仮説」と呼ぶ。ルイス・キャロルの小説『鏡の国のアリス』に登場する赤の女王が発した言葉に由来する。

 そうした意味でも、ウィルスに過度な圧力をかけず、ウィルスと緩やかに付き合っていくということは重要な対策となる。またこれは、現在の状況が、ウィルスとの戦いでないことの理論的支柱ともなる。

 これに関しては、もう一つ、興味深い話を紹介したい。

 東京大学大学院教授で日本近現代史が専門である加藤陽子は、著書『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』のなかで、フランスの思想家ルソーを引用しながら、戦争の究極の目的あるいは本質は、相手社会の基本秩序に変容を迫り、それを書き換えることにあると述べている。確かに、戦争が総力戦である限り、相手の最も大切なものを書き換えるという行為が目的となるという論理は理解できる。

 そして、その時考えた。それをウィルスとの戦いに当てはめれば、どうなるだろう。ウィルスというものの存在の基本的秩序の変容と書き換えとは何か。あるいは逆説的だが、それは可能なのだろうかと。

 ウィルスは、歴史的に病原体として研究が始まった。そこに一つの不幸があった。病原体として研究が始まったことで、すべてのウィルスは病気を起こすという誤解も生まれた。だが、現在の知見でいえば、病気を起こすウィルスは、ウィルス全体の1%もない。あるいはさらに、その1/10にも満たないと考えられている。大半のウィルスは、ヒトと共生している。ある種の内在性ウィルスは、そのウイルスが由来する外来性ウィルス感染症に対し保護的に働いているという報告もある。内在性ウィルスとは、過去に感染したウィルスが宿主に組み込まれた、その断片という。

 さらにいえば、近年の研究は、ウィルスが哺乳動物において胎児を保護する役割を果たす可能性さえ示唆する。有性生殖の場合、胎児組成の半分は父親に由来する。これは、母親の免疫系にとっては異質な外来物で拒絶の対象となる。それでもなぜ、胎児が拒絶されず、母親の胎内で生きていけるのか、医学上の大きな謎であった。それが近年の研究で明らかになりつつある。拒絶反応を引き起こす母親の免疫細胞は、胎盤によって胎児の血管に入ることを阻止され、それによって拒絶反応を回避しているのだと。その胎盤形成に大きく関与しているのがウィルスだった。

 それだけではない。海洋には膨大なウィルスが見つかってきており、そうしたウィルスの存在が、二酸化炭素の循環や雲の形成にも関わっているという研究結果もある。

 ウィルスは数十億年にわたって、あらゆる試行錯誤を通して、生態系の中で複雑で強固なネットワークを構築してきた。それは地球上のすべての生命を支える基本構造の一つともなっている。そんなウィルスの基本秩序の変容と書き換えは、果たして可能なのだろうか。あるいはそれは目指すべき姿なのだろうか。

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