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2020年7月18日 (土)

ウィルスの目線からの考察 ⑦

続き:

 パンデミックは社会変革の先駆けとなる その<1>

 歴史を振り返れば、私たちは、幾度ものパンデミックを経験してきた。14c.ヨーロッパで流行した黒死病(ペスト)やコロンブス再発見後の16c.新大陸でみられた旧大陸感染症の大流行。1918年~19年にかけて世界を席巻したスペイン風邪などである。黒死病によって、当時のヨーロッパ世界は、人口の1/4とも1/3とも推定される人を失った。黒死病とは、ペストがもたらす肺炎により、皮膚が暗黒色になることから名付けられた。コロンブスの再発見以降の16c.南北アメリカは、麻疹や天然痘、結核といった感染症によって人口の実に8割以上を失った。それがスペインの植民地進出を許す要因ともなった。

 1918年のスペイン風邪は、5000万人とも1億人とも推計される死亡者を出した。1918年当時の世界人口は18億人ほどだった。パンデミックがもたらす被害の大きさがわかる。

 そうしたパンデミックは時として、社会変革の先駆けとなる。

 14c.にヨーロッパで流行したペスト(黒死病)は、最終的にヨーロッパ全土を覆った。この時、ヨーロッパでペスト流行を免れた人はいなかったという。否、一時的に流行を免れたとしても、やがて流行は、次の機会にその集団を襲った。居住地や宗教や生活様式に関係なく、ペストはヨーロッパを舐め尽くし、ヨーロッパ社会は、人口の1/4~1/3を失った。結果、ペストの流行はその後のヨーロッパ社会を根底から変えた。当時のヨーロッパ社会がいかにこの病気を恐怖したか。ジョヴァンニ・ボッカチオの『デカメロン(十日物語)』に詳しい。作品の背景には、ペストに喘ぐ当時の社会状況が色濃く反映されている。

 「一日1000人以上も罹病しました。看病してくれる人もなく、何ら手当てを加えることもないので、皆果敢なく死んで行きました」(『デカメロン―十日物語』野上素一訳、岩波文庫)

 ドイツ・バイエルン州にオーバーアマガウというアルプスに囲まれた小さな村がある。10年に一度、村人総出で世界最大規模の「キリスト受難劇」を上演する。それは、16c.のペスト流行時の猛威に、神の救いを求めた代わりに、キリストの受難と死と復活の劇を10年に一度上演すると誓ったことに始まり、今に至るまで、400年近く続く。それほど、ペストの恐怖は、ヨーロッパ人の記憶に深く刻まれている。ペストは、ヨーロッパ社会に大きな影響を与えた。

 ペストがヨーロッパ社会に与えた影響は、少なくとも3つあった。第1に、労働力の急激な減少が賃金の上昇をもたらした。農民は流動的になり、農奴やそれに依存した荘園制の崩壊が加速した。第2に、ペストの脅威を防ぐことのできなかった教会はその権威を失い、一方で国家というものが人々の意識のなかに台頭してきた。第3に、人材の払底が既存の制度の中であれば登用されることのない人材の登用をもたらし、社会や思想の枠組みを変える一つの原動力になった。

 結果として、封建的身分制度は実質的に解体へと向かう。同時にそれは、新しい価値観の創造へと繋がっていった。半世紀にわたるペスト流行後、ヨーロッパは。ある意味で静謐で平和な時間を迎えた。それが内面的な思索を深めさせたという歴史家もいる。気候の温暖化も一役買った。そうした条件が整うなかでやがて、ヨーロッパはイタリアを中心にルネサンスを迎え、文化的復興を遂げる。

 ペスト以前と以降を比較すれば、ヨーロッパ社会は、まったく異なった社会へと変貌し、変貌した社会は、強力な主権国家を形成する。中世は終焉を迎え、近代を迎えたヨーロッパは、やがて新大陸やアフリカへと踏み出していく。これがペスト後のヨーロッパ世界であった。

 疾病構造も変化した。

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