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2020年7月30日 (木)

デジタル・メディアとアナログ・ジャーナリズム ③

続き:

◉ 風評被害と切所の判断 <1>

 災害や疫病の報道でメディアが気を使うのは風評被害である。大震災の時も共同通信の編集局内では事実に即した報道の徹底を申し合わせた。だが、災害時の感性は非常に敏感であった。例として、福島県内の入院患者をヘリコプターで搬送した際、3人の衣服から放射性物質が検出されたことが県から発表された。共同通信は「避難の3人被ばく」との見出しで記事を配信。直後、地元紙から「衣服から検出されただけで、本人が被ばくしているかどうかわからないから『3人被ばく』は訂正すべきだ」と要請だった。検査した保健所は本人も確実に被ばくと認識しており、医師も「除染が必要ではないか」と県に勧告している。それを伝えると、先方は「あなたの言うのは理屈であり、偏見は理屈を超えて起こるんです。狭い世界で生きる人たちのことを考えてください」と怒気を込めた。

 記事は「3人被ばく」の文言を維持しつつ、衣類からの検出であることを強調して差し替えた。当時は何か割り切れないものを感じたが、今になって思うと、読者の受け止め方や書かれた側の「その後」に思いを致すべきだとの指摘は考えさせられる点が多い。

 今回のコロナ禍ではクラスターの発生した店舗や病院名が公表されている。メディアが安全管理情報として報道するのは当然だ。しかし一部TV の情報番組が連日それを地図に落として報道しているのをみると違和感を覚える。

 記事による風評被害をどう防ぐかにマニュアルはない。ただ事実に即していればいい、理屈にかなっているからいいというのは書く側の独善だ。危機時にはとりわけ書かれる側からの視点を意識しようではないか。

 一方で、メディアは風評被害の批判を覚悟で判断を要する局面もある。河原(私)が悔恨とともに記憶しているのは、2011/03/15、朝日新聞夕刊である。「福島第一原発制御困難 放射能大量飛散の恐れ」の見出しで首都圏の危機がありうることを明記した。記事の脇には「最悪の事態に備えを」と題した編集委員の解説記事を掲げ、非難に際して「風向きに注意」「子どもを最優先」などと具体的に指南した。朝日はメディア組織としてフェーズが変わったと判断し、それまでの事実報道から一歩も二歩も踏み込んで読者に警告を発したのだ。

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