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2020年7月11日 (土)

ウィルスの目線からの考察 ①

山本太郎(長崎大学熱帯医学研究所教授熱帯感染症学・国際保健学)さんの小論文を掲載。コピーペー:

 できる限り外出を控え、机に向かう。いま、何を考え、何を為すべきか。コロナ終息後の世界はどうあるべきか。人はそこで何を大切なものと考え、大切なものを抱きしめるため、どう生きていくのか。様々な本を読み、なかにヒントを探す。

 そんな時間を過ごして夕方に至る。頭の芯が真空の中で宙吊りになったような妙な感覚を覚える。人出の少ない日暮れを待って、川沿いを走る。目前の山が海を抱く。古く華僑の人々が「周抱海」と呼んだ港に灯火が揺れる。夜空を見上げると、かすかに星の瞬きが見える。

 2010年1月、ハイチで地震が起きた。支援に行ったポルトープランスで見上げた夜空。2011年3月に起きた東日本大震災。三陸沿岸の街、大槌町でみた星空が脳裏によみがえる。震災の爪痕が深く刻まれ、それによって一切の明かりが失われた大地。その上に輝く星々。それまで見たどの星空よりも綺麗だった。

 星空を見ている間にも、余震は続き、大地が身震いする。再び朝が来るかさえ確信をもてなかった。しかし、確実に夜明けはやってきた。東の空が赤く染まり、群青色した海が青くその色を変えていった。明けない夜はないことを知った。

 医師であるといってもワクチンや治療薬の開発を行っているわけではない。しかしそんな私(山本)にでもできることは、何か。都合良い楽観主義にも、また思考を放棄した悲観主義にも陥ることなく、いま現実を直視し、来るべき未来を想像することだろうと考えた。「いま」をどう生き、「未来」がどうあるべきか想像する。この論考の中に、その手がかりを求めてみたいと思う。

■ 私たちが守るべきもの

 新型コロナウィルスによる感染流行が始まって以降、それをウィルスとの論調が相次いだ。フランス大統領エマニュエル・マクロンは、3月12日のTV演説で、「私たちは戦争状態にある(Nous sommes en guerre)」と国民に向けたメッセージを発信し、3月18日にアメリカ大統領であるドナルド・トランプは自らを戦時下の大統領に任じた。私たちが直面している事態は戦争なのか。

 結論から言えば、いま私たちが直面している状態は、決して戦争ではない。

 理由はいくつかある。第一に、これが戦争であれば、そこには斃すべき相手がいなくてはならないということ。しかしいまの私たちの前にあるのは、斃すべき相手ではない。守るべき相手ならばいる。守るべき相手とは、感染した人であり、この脅威によって経済的にも社会的にも大きな影響を受けている人々である。戦争という言葉は、私たちにそうした基本的な事実を忘れさせてしまう。

 大切なものを守るために、私たちは、社会的距離をとり、外出を控え、人と人との物理的距離を保つ。徐々に解除に向かいつつあるが、各国でも、都市封鎖が行われた。今後も一定程度の社会的距離は必要となるだろう。

 社会的距離をとることの目的は何か。社会的距離は、流行の広がりを防ぎ、何より流行の速度を遅くする。それは、ピーク時における感染者数を抑制し、医療崩壊を防ぐことに貢献。

 医療が崩壊すれば、助けることのできる命さえ奪われる。これが医療崩壊を防ぐ第一の目的となる。

 第二に、医療崩壊は、私たちに命の選別を迫る。崩壊したなかで残る数少ない受療チャンスは、だれが優先的に医療を受けることができるかという厳しい判断を私たちに迫るものとなる。倫理の問題であると同時に、私たちの心の問題となる。その選択は、どのような選択をしようと、選択をしたもののこころに、消えることのない負債を残す。

 そして何より、それを仕方ないと受け入れる過程で、私たちは自らの行動を正当化し、それに慣れていく。慣れていく過程で、社会の中において、最も弱い人をまもらなくてはならないという、極めて重要で基本的な倫理観が次第に麻痺していく。それが何より恐ろしい。

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