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2020年7月21日 (火)

アムネスティ通信――植え付けられた偏見

雑誌「世界 8」より、 コピーペー:

 中国の新疆ウィグル自治区では、ウィグル人をはじめイスラム教の少数民族が、制度的な抑圧や差別に直面している。そこで暮らす漢民族はこれをどう見ているのか。かって同自治区で暮らしていた漢民族がアムネスティに寄せてくれた文を抜粋して紹介する。

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 ウィグル人の少年二人は私よりもずっと強く、放課後に毎日平行棒を教えてくれた。おやつを一緒に食べ、同じボトルの水を飲んだ。新疆で育った時は、自分が漢で相手が漢じゃないのは、関係なかった。しかし、その新疆はすっかり姿を消してしまった。

 外の世界では、新疆は辺境の土地であり「トラブル」と同義だ。だが新疆で暮らす漢民族の人たちの多くは、この世で一番安全な場所だと胸を張る。

 数年前に新疆から引っ越した。帰省するたびに、政府の統制が強まって雰囲気が重くなっているように感じる。レストラン、ショッピングモール、映画館、病院、スーパーなど、あらゆる建物ではセキュリティチェック、バッグチェックが行われ、IDカードが必要だ。子どもの頃の思い出と比べると、SF映画の中にいる気分になる。

 政府は少数民族の人たちの家に漢民族を派遣して生活させる施策を行なっている。一緒に食事をし、一緒に学び、国民感情を養う、というわけだ。家族や友人におかしいと言うと、「これが新疆だ」とため息をつかれる。統制にすっかり慣らされてしまったようで、気が滅入る。

 電車で「ウィグル人に会うのが嫌だ」と言う友人、職場の少数民族は物を拾うのが遅くて漢民族のように頭が良くないと感じている親戚……。春節にテレビで披露されるウィグルの伝統舞踊が大好きな年配の親戚は、華やかな伝統衣装に身を包んで踊るウィグル人と周りに住むウィグル人が結びつかない。ステレオタイプタイプな見方があるせいで、ウィグル人が置かれている過酷な現状が見えてこないのだ。

 帰省する電車の中で、新疆地方政府で働く男性と会話を交わす機会があった。今、実施されている政策は、治安対策・テロ対策による経済停滞も覚悟の「一世代を犠牲にする」ものだと言う。少数民族も漢民族もこの非情な移行期を生きなければならないが、次世代の結束のためだと・

 ある年、ふと母校を訪れた。壁はすべて有刺鉄線のフェンスで囲まれ、学校だと知らなかったら、刑務所だと思うだろう。ウィグル人の友人のことが心に浮かんだ。クラスメートから彼がウィグル語を学んでいると聞いたときの私の反応は「何の役に立つの?」というものだった。今にして思う。

 私もこの偏見に満ちた社会構造の一部だったのだ。

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