« ウィルスの目線からの考察 ③ | トップページ | ウィルスの目線からの考察 ⑤ »

2020年7月14日 (火)

ウィルスの目線からの考察 ④

続き:

■ 社会の「あり方」が感染症を選び取る

 なぜ、ある感染症が流行するのか。これまで私たち(山本ら)研究者は、その原因を一生懸命に考えてきた。しかし、どうやらその考え方は違う。むしろ逆ではないかと、最近思い始めている。流行する病原体を選び、パンデミックを性格付けるのは、大きく「社会のあり方」ではないかと。

 古くは、中世ヨーロッパの十字軍や民族移動によってもたらされたハンセン病。産業革命が引き起こした衛生環境悪化が広げた結核。世界大戦という状況下で流行したインフルエンザ、植民地主義と近代医学の導入がもたらしたエイズなどである。その意味では、今回の新型コロナウィルス感染症や未だアフリカを中心に流行収束が見られないエボラも例外ではない。

 ヒトの行き来により格段に狭くなった世界。とどまるところを知らない熱帯雨林の開発や地球温暖化。それらが相まって、野生動物の生息域が縮小し、ヒトと野生動物の距離が縮まった。野生動物と共存していたウィルスは調和を乱され、行く場所を求めてヒト社会に入り込んでくる。新興感染症がひんぱんに発生する理由はそこにある。

 加えて、増加した人口、都市への密集、世界の隅々まで発達した交通網が感染拡大の原動力となる。現代社会は、ウィルスの出現と拡散の双方にとって「恰好」な条件を用意する。

 都市にしても、一定程度の人口の集中にしても、地球環境に負荷をかけないという意味ではかならずしも悪いわけではない。いたるところに電気を届け、上下水道を整備していくのは、環境への大きな負荷となる。しかし行き過ぎた都市化や人口集中は、コロナのような感染症には脆弱となる。グローバルとローカル、都市と地方、いろいろなもののバランスを考えていく必要があることを今回の流行は私たちに教えてくれる。

« ウィルスの目線からの考察 ③ | トップページ | ウィルスの目線からの考察 ⑤ »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事