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2020年7月16日 (木)

ウィルスの目線からの考察 ⑤

続き:

 ウィルスの目線で見る その<1>

 感染症は、病原体としての微生物と宿主であるヒトの相互作用の結果として社会に表出する。それは「ヒト」の視点だけでは見えてこないこないものがあることを含意する。不思議な感覚かもしれない。しかし、ウィルスを主語に考えることで、初めて見えてくる景色もある。

 私たちから見ると、今回の新型コロナウィルスは極めて巧妙なウィルスに見える。人類が農耕を始める前の狩猟採集社会の中に持ち込まれたとしたらどうだっただろう。

 狩猟採集社会では、100人程度の血縁を中心とした集団がドングリを集め、貝を採り生活をする。集団は生態資源の競合を避けるために疎に生活圏を設定する。そんな社会新型コロナウィルスが出現したとして、ウィルスは、数週間のうちにその集団の人口の7、8割に感染し、そこで次の感染者を失い、疫学の袋小路に迷い込むことによって絶滅したに違いない。あるいはごく偶然に、ウィルスがもう一つの別な集団に入り込んだとしても、そこで同じことが繰り返され、感染は終息する。

 この7、8割に相当する人口を「集団免疫」と呼ぶ。割合は、ウィルスの種類によって異なる。

 つまり、農耕以前の狩猟採集社会では、新型コロナウィルスの感染は連鎖的に続いていくことはなく、小さな集団内にとどまる。

 私たちは感染症の流行を考える際、あたかもウィルスがヒト社会を脅かしているように考えてきた。しかしこの思考実験は、むしろ私たちの「社会のあり方」こそが、新たなウィルスの出現を選んでいる可能性を示唆する。

 その意味でいえば、人類が根絶に成功した唯一のウィルスである天然痘も、過去数百年の間に、ヒト社会が変化したこと(ここには医学の進歩も含まれる)によって、すでにウィルスにとってヒト社会が不適応な社会になっていた可能性さえある。極端な言い方をすれば、私たちが行ったことは、やがて消えゆく運命にあった天然痘ウィルスに最後の一押しをしたということだけだったのかもしれない。

 あるいは1000年後、バーチャルリアリティが現実世界のものとなり、社会的距離が基本となった社会に新型コロナウィルスが持ち込まれたとして、容易に封じ込めることができたかもしれない。

 こうしたことは、ある時代に適応的だったウィルスでさえ、社会が変化すれば、不適応になるという意味で、暗示的でさえある。

 ウィルス目線で考えると見える、もう一つ大切なことに、ウィルスは宿主の根絶を意図していないということがある。ウィルスは、自らの複製に宿主を必要とすると述べた。その宿主を殺すことはウィルスにとって不利。そうした中で、私たちがウィルスの絶滅を目指すことは、危険な考え方とさえなる。

 

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