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2020年8月 3日 (月)

デジタル・メディアとアナログ・ジャーナリズム ⑦

続き:

◉ 世論を輿論へ <3>

 河原(私)はここにメディアの存在意義を感じる。世論を出発点として、それを輿論に昇華させていく。その触媒となることがメディアの役割ではないかと考える。

 輿論、つまり「練り上げられた意見」がどのようなものかはあらかじめ誰にもわからない。ただ「情緒的な感覚」を磨いて「練り上げられた意見」にしていく方法はある。例えば、世論の大勢と異なる少数意見や異論を意識して取り上げていくことだ。

 1990年代の政治改革では、世の大勢が「改革」推進に流れる中で、小選挙区制の死票の多さを民主主義の危機と説いた一部識者がいた。この少数意見を孤軍奮闘して積極的に取り上げたのは朝日新聞の故・石川真澄編集委員だった。今日、その指摘は今に至る政治のゆがみを的確に捉えていたと評する声が多い。

 少数意見を吟味することは対極にある世論の妥当性を問うことにもつながる。さまざまな意見と摺り合わせ熟議を経ることで世論は相対化され、輿論に昇華していく。その媒(なかだち)の役割を担うのがメディアなのだ。

 この役割を果たしていくには、世の中の片隅で説かれる良質な論考を探し当てる眼力と大勢に負けない胆力必要だ。世論に抗うのではなく、世論を磨くためにあえて逆櫓を漕ぐ。

 言論のプラットフォームとしてメディアが機能すれば、世論の過熱を抑え、輿論に近づくことができるのではないか。

 

 

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