Clinical 行動科学に基づいたブラッシング用具の選択と使い方 ⑤
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5. 歯科専門家が個人にあった歯ブラシを選ぶ
我が国では多種多様な歯ブラシが市販されている。いかし、一般生活者が歯ブラシを選択する際、必ずしも歯ブラシの特性や自分のブラッシング状況、口腔内の状態などを理解した上で選んでいるわけではない。そのため、個々の口腔内状況やブラッシングの状態を把握したうえ歯科専門家が歯ブラシの選択をアドバイスすることが必要である。
市販されている歯ブラシには様々な機能がありブラッシングスキルの習得が困難な場合では、患者のブラッシングスキルを補う機能がある歯ブラシの活用によって口腔状態を改善できることがある。また、短時間のブラッシングが求められる場合では、清掃効率を重視した歯ブラシを選択するで行動変容の負担軽減することが可能である。
◆個人に合わせた歯ブラシ選びの目安
歯ブラシ選びにはう蝕や歯周病のリスクだけでなく、個人の保健指導の受容性が重要である。ブラッシング指導後の歯垢付着状態や治療や指導時の会話からどの程度のブラッシング時間があれば負担なく日常生活で費やすことができるかなどを確認しながら、全人的な状況を参考に選択するとよい。なお、日ごろから問題がない場合や、簡単なブラッシング指導を行った後で特に気になる歯垢残存が少なく長期的に良好な状態で、歯ブラシに不快感など感じていなければ、あえて歯ブラシを変更する必要はない。
以下にブラッシング時間とスキルを複合的に考慮したことで選択される歯ブラシについて説明を加える。
1) ブラッシング時間がおおむね3分以上で、1本ずつ丁寧に歯面に合わせたブラッシングができ、歯垢付着が少ない
毛束3列程度、ヘッドの長さが2cm程度の小型のものが推奨される。コンパクトで形状がシンプルなために毛先の方向の確認が容易で、口腔内で操作しやすく、ブラシ部の「つま先」や「脇腹」などを使用して歯間部などの清掃を行うのに適しており、1本ずつ丁寧に磨くブラッシングスキルが発揮しやすい。
時間をかけた丁寧なブラッシングはできるが、歯ブラシの角度付けがやや不十分な場合は、コンパクトタイプの歯ブラシのなかでも台座の形状や植毛にバリエーションあり、ブラッシングスキルを補う構造が付与されている歯ブラシが推奨される。このタイプの歯ブラシでは歯間部や溝などの凹部を磨く際、歯ブラシの角度付けが不十分であっても凹部に毛先が入りやすい。また台座の先端が細いほうが、最後臼歯部に歯ブラシを届かせやすい傾向がある。
2) じっくりと時間をかけて磨けるものの、歯ブラシを歯面にあわせて角度付けすることが苦手
ブラッシング時間が3~5分以上とブラッシング時間が長めではあるが、1本ずつ歯面に合わせて磨くことが難しく、歯間部などに磨き残しが多い方では、ヘッドの全面にスーパーテーパード(極細)毛が用いられている歯ブラシが推奨される。スーパーテーパード毛は歯ブラシを歯面に合わせて角度付けをしなくても、歯間や歯肉溝の狭い部位に歯ブラシの毛先が到達しやすいのが特徴。
しかしながら、スーパーテーパード毛は「ふつう」の硬さのラウンド毛に比べて清掃効率がかなり低く、じっくりと時間をかけたブラッシングが必要になるため、短い時間で効率的なブラッシングを望む場合には推奨されない。
3) 歯周病のリスクが高いにもかかわらず、ブラッシングが短時間で磨き残しが多い
時間をかけたブラッシングが難しく磨き残しが多い方には清掃効率が高い大型でヘッドの幅が広い歯ブラシが推奨される。ヘッドの幅が広いことで、特に歯頚部を意識して磨かなくても歯ブラシの毛先が歯頚部に当たりやすくなる。また、刷掃面が広いために、手先を細かく動かすのが苦手でもブラッシングストロークがしやすいことがこのタイプの歯ブラシの特徴である。
またヘッドが大き目で、毛丈が一律でなく、刷掃面が山型や曲面などの歯ブラシは平切りのものに比べて、大きなストロークで横磨きした時に歯面と歯ブラシの刷掃面が広い範囲で接することが可能になるので、ブラッシング時間が短い方にも推奨される歯ブラシである。
4) う蝕リスクが高いにもかかわらず、ブラッシング時間が短い
う蝕リスクが高い方には、フッ化物の局所送達(LFD)に配慮された複合植毛の歯ブラシが推奨される。2種類以上のブラシ毛の太さが異なるので組み合わされて植毛されている歯ブラシは、ブラッシング時に細い毛が太い毛と干渉することで、細い毛のたわみが少なくなり、フッ化物配合歯磨剤を小窩裂溝や隣接面歯間部などの細部に送達しやすくする働きがある。
おわりに
日常のブラッシングは、多くの人にとって毎日頑張って続けるものではなく、習慣でなんとなく続けている行動である。そのため、ブラッシング指導の際には、毎日の生活の中で楽しく実践できる口腔環境改善のためのソリューションを提案することが重要である。患者に求める保健行動の負担を十分に考えた上で、歯科専門家として歯磨剤や歯ブラシなどの多様な特性を十分に理解し、エビデンスに基づいた健康支援の実践が求められる。
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