コロナ危機は生態系からの警告である ④
続き:
<森から出て広がるウィルス>
このようなヒトやゴリラ、チンパンジーに対して極めて高い致死率をもつエボラウイルスは、これまでどのように生態系のなかで保持されてきたのであろうか。エボラ出血熱の流行したガボン~コンゴ共和国、コンゴ民主共和国、ウガンダは、かっては人間の安易な移動を拒むコンゴ川流域の大森林地帯であった。とくにガボン~コンゴ共和国の国境地帯に延々と広がる湿地林は、迂闊に踏み込むと腰まで泥炭に埋まる通行の難所で、長らく人跡未踏の地であった。いまでもコンゴ盆地上空を小型航空機で飛ぶと、見渡す限りまったく集落も道路もない森林とそのなかを蛇行する大小の河川を何時間も眺め続けることになる。
わたし(湯本)は、1990年にガボンとコンゴ共和国との国境に位置する「ンドキの森」行ったことがある。湿地林の中を倒木の上を伝いながら丸2日かけて、ゴリラとチンパンジーのいる森を目指す。倒木を1歩踏み外すと、ズブズブと泥炭のなかに沈み込んでいき、自力では元に戻れない。小高い場所を選んでキャンプするのだが、水を汲もうと水辺にはいると、たちまち膝まで泥に埋まり、さんざん苦労してようやく引き抜けたと思うと、太ももには薬指大のヒルが10匹ほどぶら下がっていた。普段は森林性のマルミミゾウなどの大型哺乳類の血を吸っているものだ。湿地はほぼ100%で、いつまでたっても汗が引くことはない。わたし(湯本)含めて同行者の大部分は、マラリアに罹った。ここの類人猿は有史以来、ヒトを見たことがなかったといわれていて、最初にゴリラに遭遇した研究者を彼らは物珍しそうに見に来たという。このような人間の侵入を拒む森が延々と続いている。
エボラウイルスが元来の自然宿主であるオオコウモリの仲間からヒトを含む霊長類に感染した経路はいまだ定かではない。しかし、仮にヒトに偶発的な感染があっても昔であれば地域間の移動が困難であるため、100人規模の小さな集落で流行し、多くの犠牲者を出したあとは他に広がることはまずなかっただろう。もとより野生のゴリラやチンパンジーが遠距離を移動することは、きわめて稀だ。それが商業伐採やプランテーション開発で、森林の奥地まで道路が入り込み、ほとんど自給自足であった地域住民の生活が外へ開かれたため、このような致死率の高いウィルスでも、ヒトによって村から村へ、そして都市へと広がるようになったのに違いない。
この地域ではブッシュミートといって、半生あるいは燻製の野生動物の肉が広域に流通する。このブッシュミートには、しばしばゴリラ、チンパンジーを含む野生の霊長類が含まれる。とくにコンゴ民主共和国東部では、レアメタルの一つであるタンタル採掘のために多数の労働者が森の奥地に送り込まれ、その食料資源としてブッシュミートが多量に消費されている。タンタルは携帯電話などの電解コンデンサーに使用、世界的に需要が著しく高まっている。農地開拓や鉱山開発のため、あるいは狩猟そのもののために、かなり奥地まで繋がった道路を使って、人々はこれまで人跡が稀であった森林内にも入り込み、エボラウイルスに感染した野生動物と濃厚に接触したと考えられる。人間が築いた現代の交通網を利用して、エボラウイルスはこれまで考えられなかった距離をやすやすと移動し、ヒト~ゴリラ~チンパンジーに感染を広げて、それがまたヒトへと感染を広げていった可能性が高い。
アジアでも1998~1999年にかけてマレーシアの養豚関係者の間で、動物種を超えて感染する全く新しいウィルスによる重篤な脳炎が発生した。この結果、患者265人のうち105人が死亡、直接の感染源となったブタ90万頭が殺処分とする事態が起こった。感染したブタの体液・排泄物に接することで、ヒトに感染が広がったとされる。はじめは日本脳炎と誤診されていたが、詳しい研究によって新たにウィルスが分離され、患者が住んでいた村の名をとってニパウイルスと命名。これまでの調査で、ニパウイルスもオオコウモリの仲間が自然宿主であることが確認されている。人間がオオコウモリの生息地である熱帯林に分け入って養豚場を作ったため、オオコウモリでは発症しなかったニパウイルスがブタ、そしてヒトへと宿主の動物種を超えて飛び火し、熱帯アジアを震撼させる感染症となった。2001年以降、バングラデシュやインドでもニパウイルスによる感染症が流行しており、その際にはオオコウモリから直接ヒトへ感染、ヒト~ヒトへの感染も確認。
ここに述べたように、野生動物のなかでもコウモリの仲間が、多くの人獣共通感染症をもたらすウィルスの保有宿主となっている。いまだ開発途上国では大きな脅威となっている狂犬病の保有宿主も、コウモリだとされる。このことには、いくつかの進化的あるいは生態的な要因が考えられる。まず、コウモリの多様性。コウモリの種類は哺乳類全体の2割を占め、地球上の様々な地域に生息している。コウモリは、哺乳類の進化のなかで基にあたる祖先的な位置に近い、多くの哺乳類と共通の遺伝的な基盤を持っている。さらに、洞窟や樹洞などに集落でねぐらを作る種が多く、そこでウィルスの集団感染が起こる可能性が高い。哺乳類のなかで唯一飛行性を獲得しているので、いったんウィルスに感染すると、排泄物などを通じて広範囲に感染を広げると考えられる。
このような自然宿主とともに森林のなかでひっそりと生きてきたウィルスが、環境の変化によって偶発的に他の宿主に感染してしまい、死亡を含む重い症状を引き起こす。これまでは出会いがなかった新たなウィルスとの出会いが、新興感染症発生の大きな要因といえる。現代の新興感染症の頻繫な流行は、地球規模の大きな環境変化によると考えるのが妥当である。
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