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2020年9月21日 (月)

いまこそ <健全な社会> へ ⑤

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 ここでまず主張したいのは、新型コロナウィルスのパンデミックが「危機」と呼ばれるものになった仕組みとそれが内包する様々なリスクや不確実な未来を際には、パンデミック発生以前にこれらの社会的・生態学的・疫学的・安全保障上のリスクが、グローバルな複雑性の中に蓄積されていたという事実を忘れてはならないということだ。

 そして、<コロナ以後>の社会の展望を考える際にも、このグローバルな複雑性が持つ多元的なフィードバック効果を考えておかなければならない。

 特に留意すべきは、様々なリスクに対する政治の反応だ。政治学者コリン・クラウチが指摘するように、この間、先進産業社会の政治は、デモクラシーからポスト・デモクラシーへと変容した。巨額の選挙資金を獲得するために、また経済成長を追求するために、グローバル経済を支配する一部の巨大企業の圧力に追従する政治が行われた。その結果、社会的リスクと生態学的リスクに対する有効な政策は講じられず、格差と地球環境破壊は一層深刻化していった。また、疫学的リスクに対しても、財政緊縮政策の下で十分な医療体制を整えることができなかった。

 そして、安全保障上のリスクに関して、いわゆる「テロとの戦争」の名の下で国家は監視システムを強化、旅行者や移民に対する入管の厳格化、国内の外国人居住者に対する(人種・民族・宗教を基にする)監視、そして社会のいたるところへの監視カメラの配備を進めていった。

 亀裂が深まる社会の中で、居場所を失った民衆は、一方では既成権力に対する不満を蓄積させ、他方では移民や難民をスケープゴートにする排斥運動やヘイトスピーチを展開していった。この社会的混乱の中で左右両派のポピュリズム運動が世界各地で台頭したが、特に右派ポピュリズムが優勢な米国や英国では、排外主義的で自国中心主義的な権威主義体制が誕生し、第二次世界大戦後の国際協調の枠組みが大きく揺らいだ。新型コロナウィルスは、このような政治的混乱期に発生した。

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