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2020年9月27日 (日)

人間と科学 第316回 体と心の5億年 (6)――養老孟司 ①

布施英利(解剖学者・美術評論家)さんの小論文を載せる。 コピーペー:

 半年続いた連載もこれで最終回。

 第1回目は、大学時代の恩師・三木成夫先生(1925~1987)について書いた。そして最終回のこの回は、自分(布施)のもう一人の恩師である養老孟司先生(1937~)について書いてみる。

 人には恩師というものがいるが、自分(布施)は幸いにも素晴らしい二人の恩師と若い頃に出会うころができた。三木先生との出会いは、入学した大学で受けた授業の場でだったが、その三木先生の研究室で、「東大に解剖学の養老先生という人がいて、興味がある」と話したことがある。

 三木先生は「養老君か。彼は、自分の弟分みたいな人だ」と言い「紹介状を書いてあげよう」という話になった。それから一年後、三木先生は突然の脳出血でこの世を去った。いわば自分(三木先生)が亡き後の布施を、養老先生にバトンタッチして逝った、という形になってしまった。

 養老先生の研究室で、初対面での自己紹介にと、自分の修士論文の別刷り要旨をお渡しした。それをパラパラとみた養老先生は、突然、「一緒に本を書かないか」とおっしゃった。その頃、養老先生は西洋の古い解剖図を集めていて、それを本にできないかと、美術を学んだ自分を共著者に誘ってくださったのだ。こちらはまたとないチャンスだ。お断りする理由もない。一生懸命に研究し、それが自分の最初の本『解剖の時間』(1987年)として、27歳の時に出版された。

 それから30年以上が過ぎた。その間、養老先生は『バカの壁』(2003年)が400万部超える大ベストセラーにもなった。その頃、エレベーターの中で養老先生と二人きりになったことがある。ふと「本が売れて、やはり周りの環境は変わりましたか?」と聞いてみた。先生は「もう年寄りだし、何も変わらないよ」とおっしゃった。それは謙遜と言うふうではなくて、気持ちそのままを口にしたと言う感じだった。これほどの熱狂の中で、冷静でいる養老先生を見て、改めてその凄さを感じたものだった。

 『バカの壁』は大好評だったが、一部に批判の声もあった。それは「あの本には当たり前のことしか書いてない。あんな本、誰でも書ける」というものだ。養老先生の返答は「そうですか? ではあなたも本を書いて、400万部売ってみてください」だった。

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