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2020年9月11日 (金)

人間と科学 第315回 体と心の5億年(5)―チャールズ・ダーウィンの『種の起源』 ③

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 ダーウィンは、残されたノート(=「Mノート」)の中で、この「ヒトの心への進化」について、さらに踏み込んだことを書いている。ダーウィンの教養の範囲は驚くべきもので、古代ギリシアの哲学者プラトンを読んで、こんな言及をしているのだ。

 

 「プラトンは『パイドン』の中で、われわれが「思い描く種々のイデア」は魂の先在を前提とするものであって、実際の経験に由来するものではないという―ここで先在は、サルたちと読みかえるべし」(スティーヴン・ジェイ・グールド『ダーウィン以来―進化論への招待』早川書房より再引用)

 

 プラトンは、人の心には「魂の先在」ともいうべきものがあると言う。経験や教育によって形成される精神や心というものとは別に、生まれながらに持っている「魂の先在」がある、と。ダーウィンは、その「魂の先在」の実態とは何かといえば「サルたち」だという。体だけでなく心にも、ヒトの中には、「サルたち」がいる。さらにこれを進化論に当てはめて敷衍すれば、ヒトの心には、サルがいて、カエルがいて、さらには海の中の生命の祖先もいる、という話になる。

 第1回で書いたことを思い出していただきたい。解剖学者の三木成夫は、脳が作り出す意識とは別に、「心」と呼ぶべきものが内臓にある、と説いた。ダーウィンは、進化の果てにできあがったヒトの心には、サルや、いろいろな生き物の、いわば「生命の記憶」が秘められているという。私たちの中にある「心」とは、そういうものなのだ。

 チャールズ・ダーウィンは、『種の起源』に続いて、論の焦点をヒトに当てた『人間の由来』(1871年)という本を出版した。さらに、それに続いて『人及び動物の表情について』(1872年)という本も書いた。地球の大自然を旅して、様々な生命をその目で見、生命の多様性についての知見を身に付けたダーウィンだが、その思考は「進化」という、生命を貫く、いわば抽象的な見方へと結晶し、やがてその対象は「ヒト」へ、そして表情というものに現れる「ヒトの心」へと焦点が当てられていった。

 ヒトとは何か? ヒトの心とは何か?

 それを紐解くには、いまもダーウィンの著作を読み、そこから得られるものは尽きない。

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