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2020年9月23日 (水)

いまこそ <健全な社会> へ ⑦

続き:

 封じ込め政策が開示した「現代化された貧困」

 第二の側面は、封じ込め政策の副作用である。各国政府が厳格な封じ込め政策を実施したことにより、経済は地球規模で麻痺した。物流の停滞、海外渡航の禁止、飲食業営業の禁止、芸術文化イベント・会議・集会の禁止、公共施設や学校の閉鎖が起こった。また、物理的距離(フィジカル・ディスタンス)を保つための厳格な措置も取られ、テレワークやオンライン授業が推進された。

 貧困家庭、非正規労働者、フレキシブル労働者(ギグ・エコノミー)、移民労働者、自営業者、小規模ビジネス、アーティストなど、新自由主義経済の下で経済的・社会的に周縁化された人々の生活は、一層不安定になった。テレワークの推進もまた、所得格差による社会的分断を強めた。米国では、年収7万ドルを稼ぐ労働者の60%がテレワークを実施できたのに対して、年収4万ドル以下の労働者でテレワークを実施できたのは40%以下である。

 また、エッセンシャル・ワーカーは、ロックダウン下でも感染リスクに晒されて働き続けなければならなかった。コロナ危機の根幹には階級問題があり、グローバル化の過程で深まった格差社会の現実を一層鮮明に顕在化させた。

 それだけではない。封じ込め政策は、格差よりもさらに根源的な貧困問題を開示した。それは、グローバルな複雑性に組み込まれた「現代化された貧困 (modernized poverty)」だ。「現代化された貧困」とは、1970年代にイリイチが導入した概念であり、人間のニーズ充足手段が商品化された製品やサービスに依存し、自律的に生きる能力を失うことを指す。産業的生産様式の発展過程で商品世界に閉じ込められた人間は、自らの手で食料・住居・衣服を作る能力を失い、専門家集団が生産・供給する商品を消費する以外に生活手段がなくなる。イリイチにとって、この自律性の喪失は、所得格差として現れる経済的貧困以上に根源的な貧困だ。

 当時、イリイチはこの問題を一国レベル考えていた。しかし、コロナ危機によって明らかになったのは、現代産業社会における「現代化された貧困」が、グローバルな複雑性の中で編成されている事実ではなかろうか。現代人の生活は、全地球的に展開するサプライチェーンや消費の流れに依存しており、ますますローカルなものから離れている。そのためひとたび経済活動が停止すると、生活基盤は大きく動揺するのだ。こうして、海外生産される医療物資、工業製品、食品の生産・供給は滞り、外国人観光客依存の観光産業や航空・鉄道業界は大打撃を受けた。グローバルな移動の流れに依存する生活のレジリエンス(回復力/耐久力)は、極めて脆弱だ。大都市圏の生活は特にそうだ。

 自律性の喪失は、<コロナ以後>の社会デザインを議論する際にも重要な問題を提起する。何故なら、産業社会において商品世界に依存するよりほかない人間は、一度、市場経済から排除されると国家の保護に依存する以外にないからである。市場の他律性から国家の他律性への移行は、権威主義や全体主義による管理統制を容易に許す土壌を整えるだろう。

 あるいは、危機の中で脆弱化した社会的領域に、惨事便乗型の開発をトップダウン式に導入する余地を作ってしまうだろう。政治が巨大企業の利権と結びついたポスト・デモクラシーの状況に陥っている場合、その可能性は十分にあり得る。

 <コロナ以後>の社会を議論する際、格差の是正だけでなく、(イリイチが言う意味での)自律性の回復という問題が浮上してくる。

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