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2020年10月16日 (金)

可視化されたベーシックインカムの可能性 ⑥

続き:

 技術革新やAIが労働需要を削減し、失業を生み出すかどうかという問題があるが、答えはケースバイケースである。すべての人が雇用を通じて生活の糧を得ねばならないというシステムは、つねに労働供給のプールを作り出す。そのプール内での競争が賃金を押し下げ、労働力を新たな製品分野へと流し込む。勿論、新たな労働のなかには意義ややりがいのある仕事も多くあったが、しばしばその必要の疑わしいものも少なくなかった。人類学者デヴィッド・グレーバーがいう「つまらない仕事」である。

 戦後のプロセスではむしろ、経済の基本ニーズからみて必ずしも必要のない労働の分野の膨張と、完全就労とがある種の均衡を保ちつつ展開されたといえる。技術革新が失業をもたらすだけならば、戦後の失業率は右肩上がりで上昇していたはずである。総じて、技術的失業の作用以上に完全雇用創出の圧力が勝っていたというべきであろう。

 こうして生産の領域は無尽蔵に拡大し、緊急性のない商品セグメントが膨大に広がる。消費者としては生活の利便性は極限まで高められるが、他方で、生産者、労働者としては競争の過程で

報酬が抑制され、生産現場での労働強化が進む。これが、高度な技術を備えた先進諸国で大多数があくせく暮らし、かなりの層が食うや食わずという状況の根底にある。

 要約すると、完全雇用政策の経済的帰結は、慢性的・潜在的な供給過剰を抱えた経済が、その完全雇用自体のためにつねに新たな雇用創出と市場の開拓が強いられるという悪循環だということにある。

 経済学は、このような慢性的な供給過多とアンバランスな経済の構造について適切な関心を示さず、むしろ完全雇用達成にどの程度の財政赤字が必要か、金融政策はその際どのような役割を果たすのか、さらに完全雇用政策が拡大な赤字やインフレを助長することによって経済を不安定化するのではないか、などという議論に終始してきた。このような経済システムが環境的にも経済的にも持続可能であるのかという問題が提起されることは、ほとんどなかった。

 なお完全雇用が限界をもつということは、それを否定すべきということ意味するものではないことを強調しておく。労働の意思と能力のあるものすべてに雇用を保障することは政府の基本的役割であり、労働者にとってもまともな雇用創出政策を要求することは当然の権利である。しかし生産能力の潜在的な過剰を抱えた現代的な経済において、政府は雇用の劣化を防ぎ、同時に、就労が十分な所得をもたらさない場合には再分配政策によって所得保障を行う責務があると考えるべきである。

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