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2020年10月13日 (火)

可視化されたベーシックインカムの可能性 ③

続き:

(2) ヨーロッパ諸国

 ヨーロッパ諸国のコロナ対策は直接給付よりも休業補償が中心であるが、その規模はアメリカよりも大きく、日本より迅速である。

 イギリスは休業した企業の労働者900万人に月額2500ポンド(約32万円)を上限に賃金の8割を支給している。企業の資金繰りや飲食店の助成金などの支援策も積極的だ。実際、現在、イギリスの大蔵省は、すべての市民に500ポンド(約6万5000円、子ども250ポンド、約3万3000円)分の商品券の発行を検討中である。ネット通販には利用できず、地域での小売りの対面支払いに限定するというものである。

 ドイツは、操業短縮手当制度によって賃金の6割を補償することで雇用の維持をはかり、さらにフリーランス、自由業、中小企業に9000ユーロから1万5000ユーロを支払っている。失業率が高かったスペインも賃金の7割を補償している。デンマークは、雇用を維持した企業の給与の75~90%を3ヵ月政府が補償している。

 アメリカは、失業手当を大幅に拡充したが、ヨーロッパ諸国は政府が賃金を補填することによって雇用を継続させる方法を重視している。それは「給与支払いの事実上の国有化」ともいわれる。実際にEU全体の平均失業率はアメリカと比べてかなり低い。アメリカの中小企業融資補助の一部にも雇用継続の狙いがあるので、ヨーロッパとの比較は単純ではないが、現在のように多くの失業が需要の一時的な喪失によるものであり、必ずしも失業や倒産が労働者や企業の非効率によるものでない場合には、事後的に失業者として救済するよりも、失業と倒産それ自体を未然に防ぐほうが長期的な利益となる。労働者も日々の支払いに困ることがなく、失業手当の長い行列に並ぶ必要もない。こうした点からヨーロッパモデルのほうが現在の危機の性格からみて優れていると考えられる。

 しかし、これらヨーロッパ諸国の政策がアメリカや日本と比べ寛大であるとはいえ、その多くが緊縮政策を一時的に緩めるだけのものであり、既存の経済路線への回帰を目指していることに変わりはない。

 それに対し、ヨーロッパでもコロナ危機を契機に一時的な直接給付を超え、これまでの緊縮政策のオルタナティブとなりうる恒常的な変化を経済に埋め込むものとしてベーシックインカムを求める声が高まっている。それはヨーロッパにおいてはアメリカ以上に強い。

 スペインの中道左派・社会労働党と急進左派・ポデモス党との連立政権は、低所得者層を対象にした恒久的な給付制度(Minimum Vital Income) を5月に決定した。月収230ユーロを下回る貧困家庭55万世帯、約250万人(人口の5%に相当)に月額462ユーロ――1家族あたり1015ユーロを上限とする――を支給するというものである。

 スペインのこの政策は、実際には所得制限を課した生活保護給付を拡充したものにすぎない。しかし連立を構成するポデモスは以前よりベーシックインカムを強く主張してきた政党であり、この政策をあえて「ベーシックインカム」と呼んでいるところに、一時的な危機対応を超えてその給付対象を拡大し、給付水準を引き上げることによって恒久的なベーシックインカムに繋げようとする彼らの狙いが読み取れる。いずれにせよスペインは国レベルで本格的な最低所得保障を導入する初めての国となる。

 アイルランドでも、共和党、統一アイルランド党、緑の党の三党連立の政策合意にベーシックインカムが含まれ、 5 年間の試験的実施が検討されている。

 イタリアは既に2019年、「五つ星運動」を含む連立政府が低所得者300万人を対象とした最低所得保障を創設している。

 フィンランドでは2017年から18年まで、25歳~58歳の失業者から抽出した2000人を対象に月額560ユーロを条件なしで支給するというパイロット・プログラムを行った。政権交代によってプログラムの延長は行われなかったが、その後の世論調査では、国民の46%が永続的な社会保障制度としてベーシックインカムの導入が好ましいと考えていることが明らかになった。

 

 

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