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2020年10月30日 (金)

人間と科学 第317回 今と似ていない時代(1) ③

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 しかも夏の雪と冬の雪は結晶構造や不純物の種類が違うことから、雪は一年ごとに層になっている。コペンハーゲン大学の研究者たちは、これをボーリングによってすべて掘り出し、含まれる元素組成を分析することで、過去数万年の気候変動をきわめて詳細に復元した。

 得られた結果は衝撃的だった。それまで、氷期とは単に寒い時代のことであると想像されていた。だがグリーンランドのデータによれば、氷期の気候は寒いだけでなく、極めて変動性に富んで「不安定」だったのである。氷期を通じて繰り返し起こった変動の振幅は、摂氏温度で5℃~7℃に達した。5℃といえば東京と盛岡、7℃なら東京と札幌の気温差におおむね匹敵する。また、寒冷な状態から温暖な状態に飛躍するのに要した時間は、短い時には10年にも満たなかった。氷期の地球では、今後の100年で起こるといわれている温暖化よりもはるかに激しい変動が、何度も繰り返し起こっていたのである。

 言い換えるなら、氷期の地球はきわめて「先行きが不透明」だった。直近の未来の気候が予測できないということは、今年は多くの実をつけた植物が、来年も同じように生育する保証のないということである。そのような環境の下で農耕は合理的ですらなかった。むしろ多様な生態系の中から、その年たまたま手に入る食糧を得る狩猟採集のほうが、はるかに安定的に共同体を維持できたのだろう。

 現代の温暖で安定な気候は、農耕によって計画的な食糧生産を行うのに適している。だが、過去の地球はいつまでも現代のようだったわけではない。同様に、未来の地球が永久に今と同じようにあり続ける可能性も極めて低い。だが今を生きる私たちは、かって気候が暴れていた時代の記憶や生活技術の大半を失ってしまっている。農耕を基盤とする現代の文明は、じつは意外なほど脆弱な基板の上に成り立っているのである。

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