« 可視化されたベーシックインカムの可能性 ③ | トップページ | 可視化されたベーシックインカムの可能性 ⑤ »

2020年10月14日 (水)

可視化されたベーシックインカムの可能性 ④

続き:

 イギリスでは、ボリス・ジョンソン首相が3月、ベーシックインカムを導入する可能性を、議会で労働党に次ぐ第3政党であるスコットランド国民党から問われ、「それは考慮すべきアイデアのひとつ」と答えたと報じられている。ドイツでは、6か月間のベーシックインカムを求める 45 万人の国会請願書名があった。

 スペイン、アイルランド、イタリアはEU諸国の中で最も経済的に取り残された国々であり、同時にコロナ感染の割合も高かったところでもある。そうした国々でベーシックインカムを看板に掲げた最低所得保障が具体化され、緊縮政策を押し返しつつあるというのは興味深い。

資本主義の脆弱性とベーシックインカム

 前出のクリス・ヒュース氏はベーシックインカムが資本主義の不安定性脆弱性を克服すると述べたが、ここでは既存の資本主義システムのもつ問題とベーシックインカムの関連をみてみよう。またベーシックインカムはこれまでAI(人工知能)など技術革新によって生じる「技術的失業」の受け皿に過ぎない。あるいは他の社会保障制度を代替して新自由主義的な「小さな政府」を目指すものであるといった反対論に晒されてきたが、あわせてそれらの言説についても触れたい。

完全雇用体制の限界

 まず今日の資本主義の脆弱性について、アメリカの経済学者、ジョン・K・ガルブレイスが『ゆたかな社会』(1958年、日本語訳岩波書店)で述べた「依存効果」という概念を手掛りに考えてみる。

 「依存効果」(dependence effect)とは、簡単には「生産はそれ自体の欲望をつくる」と表す。

 経済成長のために、人々はますます新しいもの、場合によっては緊要(urgent)でないものをも生産、買い手にその製品の購買が必要であることを信じ込ませようとする。そのため製品を差別化し、効果を示し、宣伝をこらす。市場にすでに豊富にある消費財に加えて、さらに魅力的な製品の開発を強いられ、その販売に力をそそぐ、自動車、家電、食料品、化粧品、住宅、サプリメント、ツアープラン、その他対人サービスなど、その分野での競争の結果、付加価値は摩滅し、生き残りのためだけにもさらに新しい製品を市場に投入せねばならない。そのプロセスは無限だ。

 この「依存効果」と関連して、さらにガルブレイスは、経済で成長と生産が優位となることによって、私的投資が公共的投資を圧迫し、公共的な社会領域が弱体化すると指摘している。この両方の投資の釣り合いを彼は「社会的バランス」と呼ぶ。私的領域が拡大し、他方で、教育、医療、公園や道路など社会的対人サービスがないがしろにされた結果、社会は生産面で高度に発展したにもかかわらず――あるいはそうであるがゆえに――教育費や医療費は高く、道路、公立病院、図書館、公園、福祉は貧弱である。今日においては、ガルブレイスの時代よりも深刻化しつつある産業廃棄物や食料品廃棄など消費後の後処理などもこれらにつけ加えなければならないであろう。「ゆたかな社会」とはガルブレイスにとって、現代社会の礼賛ではなく。彼なりの皮肉を込めた呼称にほかならない。

 こうした「依存効果」を軸にした生産優位の経済システムの根幹には、すべての人が働いて所得を得ることを基本とする「完全雇用体制」がある。ガルブレイスは次のようにいう。

 「生産の増大が失業の除去ではなく、就業者の生産物の増大を意味するような時代になっても、リベラル派は依然として生産増大の重要性を強調し続けた。(中略)広汎な失業をなくすための生産増大と、富裕につけたすだけの生産増大とのあいだの差異は、程度の差ではなくて質的な差である。かってリベラル派は大問題(失業――本田)に取り組んでいたのだが、生産増大を強調し続けることによって、知らず識らずのうちにごく小さな問題に巻き込まれる状態に陥ってしまったのである」(pp. 231-232)

« 可視化されたベーシックインカムの可能性 ③ | トップページ | 可視化されたベーシックインカムの可能性 ⑤ »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事