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2020年10月19日 (月)

可視化されたベーシックインカムの可能性 ⑨

続き:

コロナ危機の経済システム

 古代ギリシアのアテネでは、世襲制と富裕層の支配がはびこり、土地が少数者の手に集中したことによって多くの人々が債務奴隷となった。民衆は貴族に反旗を翻した。そこへソロンが現れ、改革を行った。その中身は、債務の帳消しと債務奴隷の禁止だ。彼は、経済格差と貧困問題の責任を貴族に帰す次のような詩句を残している。

 「多くの財宝に満ち飽きたる汝ら、胸のうちなる激しき情けを鎮めて、大いなる心を適度に保てよ。我らとても従うまじく、汝らもすべてを得ることは能わじ」

 ギリシアの人々は、このときの債務の帳消しを「重荷おろし」(seisachtheia) と呼んだ。では、我々の時代の「重荷おろし」とはどういったものか。

 1つには、これまでの不必要に肥大化し低迷した大量生産消費の土台にバブルを載せたような社会経済をそのまま復活させるのではなく、経済をもっと「断捨離」(家の片づけ)してスリムにし、消費の規模を自然環境に相ふさわしい程度まで削減し、労働時間を短縮する合理的な経済システムに向かうことである。

 このことがコロナ危機のなかで問われている。アメリカでも日本でも経済再開を急ぐ人たちがいる。感染症拡大のリスクを冒しても、仕事をしなければ生きていけないという意味ではこの主張は理解できる。しかしその背景には、みんなが働いて所得を得るべきであるという完全雇用圧力に促進された就労観念が強く働いているといえる。そしてそれを根底で突き動かしているのは、資本と労働のこれまでの基本関係を維持しようとする、企業サイドの強い衝動だ。

 2つ目には、長期化が予想される。コロナ不況のもとでの生活の保障である。みてきたように、コロナ危機に対して各国で家計対策として取られている経済対策は「直接給付」が目立って多かった。いずれの国においても政策の中心は「雇用救済」ではない。これは感染症対策のうえからも当然である。しかし感染症が収束しても経済的なマイナスのインパクトが続くことが予想され、直接救済=無条件的な所得保障の必要性は高まるであろう。

 人々の行動様式の変容に伴って、適切な規模への経済の収縮が続くなら、所得保障の継続は必然的でさえである。また、同時に、政府は事業者に対して、雇用維持を条件に、各種の債務・手形を政府が中央銀行を通じていったん買い取ることなどが緊急に必要。

 大きな経済的ショックのあとに、古い経済関係がそのまま居座りつづけることはありえない。新しい経済関係がどのようなものであるかは常に不透明であり、その帰趨はアイデアのせめぎあいと社会各層の闘いいかんである。

 いま必要なのは、感染症対策の面で検査を強め、収縮した経済活動のなかで経済社会の基本的なニーズを精査し、それを満たす最小限の生産と労働のあり方を考え、すべての人々がそれを享受できるだけの所得が保障されるミニマムな経済に向かうことである。所得保障は、非自発的な労働領域を削減するためにも必要である。そうした経済に踏み出すためにも、伝統的な雇用と社会保障の観念にもとづく経済システムの不合理さをあらためて検討する必要がある。

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