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2020年10月27日 (火)

ベーシックインカム(連帯経済としての) ⑦

続き:

コモンズを取り戻すためのベーシックインカム

 1980年代に研究者の世界でもベーシックインカム概念が保証所得と区別されて認知されるようになると、同様の考え方が過去になかったか、遡及的に歴史をみていく動きが出てきた。そのなかで、埋もれていた様々な著作や運動が再発見された。

 記録に残っているもので最も古い例は、18c.のイングランドである。当時、コモンズ(入会地)から人びとをしめだして少数の地主の私有とする、議会主導の「囲い込み」が行われていた。これに抵抗する動きのなかで今日私たちがベーシックインカムとして知っているものと同様の提案がなされた(山森2009)。

 ベーシックインカムの起源がコモンズを取り戻す動きであったことは、私たちのコモンズであったはずの医療資源が多くの国で金融危機以降削減され、今次の災禍を拡大していることを考えると、コロナ禍の私たちにとって単なる歴史を超えて大きな示唆を持つのではないだろうか。

 

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 1960年代~70年代にかけて、一時的に保証所得は広く議論されたが、1970年代後半にはネオリベラリズムの台頭と同時に、そのモメンタムは過ぎ去っていった。ベーシックインカムを要求する様々な取り組みは各地で続いたが、世界規模でマスメディアや政策論議をにぎわすようになったのは金融危機以後のこの10年である。人工知能関連技術などの技術革新によって、雇用の縮小が進むのではないかとの不安も世界を覆っているいる。そうした中でこのコロナ禍である。ベーシックインカムをめぐる議論はこれまでとは一線を画すモメンタムを迎えている。

 この10年、議論の舞台が社会運動や象牙の塔から、ダボスやシリコンバレー、各国の主要メディアや国会へと広がっていくにつれて、連帯経済や社会経済の取り組みとは正反対の、既存の社会政策などを全廃してベーシックインカムをという議論も登場している。ベーシックインカムとはそのようなものではないということを定義に書き込むべきだという動きが、ベーシックインカムの国際NGOである「ベーシックインカム地球ネットワーク(Basic Income EArth Network)」で2012年~16年にかけてあった。筆者(山森)はその問題を討議するワーキンググループの座長を務めたが、最終的に以下のような決議が採択された。

 「私たちは、以下の形のベーシックインカムを支持する。すなわち……その水準は、他の様々な社会サービスと結びつくことによって、物質的貧困を根絶する政策戦略の一部となり、かつすべての個人の社会的文化的参加を可能にするに十分高いものである。[ベーシックインカムの導入と引き換えに] 社会サービスや権利を削減することには、もしそのような削減が、相対的に不利益な状態に置かれている人びと、脆弱な状態に置かれている人びと、低所得の人びとの状況を悪化させる場合には、反対する」この決議には、本稿で紹介したような、連帯経済の一環としてベーシックインカムが要求されてきた歴史や現在進行形の実践の精神が反映されているのではないだろうか。

 コロナ禍で医療従事者などエッセンシャルワーカーを称えようと、各地で拍手が送られるなどした。しかし彼ら彼女らの待遇が変わる気配はない。何が社会にとって必要な労働で、そうした労働に従事している人たちの生活をどのように保障するか――。コロナ禍で問われていることは、ベーシックインカムを求める運動や連帯経済が取り組んできたことでもある。

 冒頭の老子の魚と漁の話に戻ろう。国際援助界隈でしばしば聞かれるこの喩えには、おかしな前提がある。人びとは漁の仕方を知らず、他者によって教えられなければならないという前提がそれだ。多くの場合、人びとが魚を手にできないのは漁の仕方を知らないからではなく、漁場が汚染されたり漁をするための道具を奪われたりしているからだ。連帯経済は、人びとが互いに連帯しながらそうした悪条件を乗り越えている試みだ。そして、ベーシックインカムは魚ではない。漁を可能にするための道具や条件の一つだ。

 本稿脱稿後の 2020/07/23、UNDP (国連開発計画)は、緊急ベーシックインカムの必要性を訴える報告書を発表した。過去および現在の、ベーシックインカムをその一部とする連帯経済の実践から、コロナ禍およびコロナ後の社会のために私たちが学べることが沢山あるのではないだろうか。

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