ベーシックインカム(連帯経済としての) ⑤
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スペイン・バルセロナ市の連帯経済
スペイン・カタルーニャ州の州都バルセロナ市は、人口約160万都市で、19c.の労働運動まで遡る長い連帯経済の歴史を持つ。廣田裕之さんが製作されたドキュメンタリー『バルセロナの連帯経済』によると、スペイン各地の協同組合運動のなかでも、バルセロナの場合は、1つ1つの組合を大規模化せずに、小さな組合やイニシアティブが内部での民主主義を大事にしながら、横につながりあうネットワークを作ってきたという。カタルーニャ州の諸団体を繋ぐ「連帯経済ネットワーク (Xarxa d'Economia Solid`aria:XES)」は、2001年にブラジル・ポルトアレグレで開かれた第一回世界社会フォーラムに参加したカタルーニャの協同組合が、ブラジルをはじめとする中南米の連帯経済のネットワークのあり方に刺激を受けたことがきっかけとなり結成されたという。労働者協同組合、消費者協同組合、地域通貨、社会的融資、サーカスなどの文化活動を行なう団体、など様々な活動をつないでいる(廣田2020、工藤 2016)。
バルセロナの連帯経済にとって大きく事態が動いたのは、2015年。金融危機後の2009年に「住宅ローン被害者の会」を結成し、バルセロナの住宅問題についての中心的活動家として活動してきたアダ・コラウが、活動家仲間とともに新しい政党「バルセロナ・イン・コモン」を結成し、市長に当選したのだ(池田 2016)。コラウ市政は、ホテルや民泊などの新規建設の制限など、住宅問題対策をくりだす。また水道の差公営化に向けた住民投票案が市議会で可決されるなど(岸本 2020)、連帯経済などに取り組んでいる市民の側の要求に、市政の側が応答していく流れとなっている。
「バルセロナ最低所得」プロジェクト
こうした中で、コラウ市政がEUの助成金を受けて始めたのが、「バルセロナ最低所得(Barcelona Minimum Income:B-MINCOME)」と呼ばれる社会実験プロジェクト。社会的連帯経済の「開かれた進行形の議論のなかでこのプロジェクトは育まれた。(Colini 2019)。
プロジェクト対象となる母集団は、バルセロナ市北東部のベソス地域の3地区から10箇所を選び、過去に社会扶助給付を受けたことのある25~60歳の人のいる低所得者世帯である。このうち1000世帯はコントロールグループとして何も受けず、別の1000世帯は実験グループとして月100ユーロ~1676ユーロのあいだで給付を受ける。実験グループのうち550世帯は職業訓練や連帯経済や社会的起業の講習や、地域参加などのプログラムに参加する。2017年11月~2年間、給付が行なわれた。
なおこのプロジェクトはメディアなどではしばしば「ベーシックインカム実験」と報道されたが、これも本稿冒頭で定義したような意味でのベーシックインカムではない。プロジェクト推進側はその理由を実験の予算が限られているためと説明した上で、ベーシックインカムとプロジェクトとの関係を以下のように述べる。
「バルセロナ最低所得プロジェクトは、ベーシックインカムをめぐる論争のなかに位置付けられ議論されてきたが、……ベーシックインカムの特徴の一部しか満たしていない。『ベーシックインカム』実験と呼ばれる他の多くの実験と同様、最低所得実験というほうがより正確である (Hill-Dixon et al.2020)」
なぜベーシックインカムとは異なるバルセロナの実験がベーシックインカムをめぐる論争の中に位置づけられるのか。また、冒頭で紹介した「コロナ禍のスペインでベーシックインカム給付が決定」という報道は実は不正確で、決定したのは最低所得給付であるのに、なぜそれがベーシックインカムと呼ばれているのか。これらの問いに答えるには、少し歴史を紐解く必要がある。
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