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2020年12月14日 (月)

ジェネレーション・レフト宣言 ④

続き:

左派ポピュリズムとはなにか

 ただ、以下で論ずるのは、別の問題だ。日本型「反緊縮」の議論で見えなくなるのは、リーマンショック以降、世界で台頭しつつある「左派ポピュリズム」が持つ真の政治的可能性だ。

 一般に、「左派ポピュリズム」とは、ギリシャのシリザ、スペインのポデモス、米国のバーニー・サンダースや英国のジェレミー・コービンらのことを指す。ここで問題視したいのは、日本での紹介のされ方の特徴が、彼らのポピュリスト政策のうち「反緊縮」という側面ばかりを一面的に強調していること。

 その結果、「経済を語ってこなかった左派」という藁人形叩きが、今度は逆に経済問題だけを左派・リベラルは優先的に語っていればいいかのような言説へと横滑りしていく。だが、そのような単純化の代償として、欧米の新しい社会運動のもつ潜在力が見えなくなってしまう。

 近年、欧米の左派によって肯定的に使われている「ポピュリズム」という概念は、経済という領域を特権視するマルクス主義に対する批判として「ラディカル・デモクラシー」論が提起した概念だ。要するに、「左派ポピュリズム」は、元来、経済以外の要素を重視する政治的プロジェクトである。

 例えば、ポデモスの政策にも大きな影響を与えている政治学者シャルタン・ムフは、次のように述べている。

 

 解放を求める様々な闘争が、多様な社会的行為者とその闘争の複数性にもとづいている……。このことによって、社会的対立の領域は、労働者階級のような「特権的な行為者」に集中していたところから、拡張されることになった。……左派政治にとって必要なのは、どの闘争もア・プリオリに中心化することなく、様々な従属形態に対する諸闘争を接合することなのである。

 

 左派ポピュリズムは、様々な闘争の「複数性」を認め、それを抹消することなしに接合していくことを目指す。その意味で、「左派ポピュリズム」は「反緊縮ポピュリズム」よりも広いカテゴリーだ。ところが、日本ではしばしば、「左派ポピュリズム」が「反緊縮ポピュリズム」へと矮小化され、すべては経済問題へと還元されてしまう。だが、それでは、左派ポピュリズムの多様性やダイナミズムを把握することは、決してできない。

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