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2020年12月12日 (土)

ジェネレーション・レフト宣言 ②

続き:

「反緊縮派」と階級中心主義

 文明生活を維持したいのであれば、環境危機をこれ以上放置することはできない。だからこそ、現在のコロナ・ショックによる景気後退を前に、単なる経済のV字回復を目指すことは、あまりにも愚かだ。

 景気回復は、パンデミック前の「通常運転に戻る」ことであってはならない。と警告するのは、「C40」と呼ばれる最も野心的な気候危機対応政策を約束、実施している大都市のネットワークである。なぜなら、パンデミック以前の状態とは、3℃の気温上昇を許す世界に他ならないからだ。勿論、そのような気温上昇は、今回のパンデミック以上の破壊的影響をもたらすことになる。それゆえ、今回のパンデミックを契機として、もっと持続可能な社会へと転換しなくてはならない。「build back better」、いわゆる「グリーン・リカバリー」を目指す必要があるというわけ。

 C40のコロナ対策タスクフォースの座長を務めるのは、ミラノ市のジュゼッペ・サーラ市長だが、ミラノは、今回のロックダウンを契機として、街の35kmもの道路に対して、自動車の進入・速度制限を導入、歩行者と自転車のために道路を解放した。これは、街中でのソーシャル・ディスタンスを促進するためだけでなく、自動車依存の生活そのものを見直すことを目指した「グリーン・リカバリー」の一環にほかならない。

 実は、自動車の走行制限はすでにバルセロナにおいて実施されていた。バルセロナ市のアダクラウ市長が、この1月から燃費の悪い車が市内に乗り入れるのを禁止したのだ。当初は財界や市民からの反対意見も強かったというが、実施してみると、自動車が減り、空気が改善したことで、肯定的な見方が広がったという。

 さらには、コロナ禍における旅行者の激減を経済的損失として捉えるだけでなく、これを機にオーバーツアリズム(過剰な観光)、家賃上昇、大気汚染の問題を解決することを目指し、地域住民の生活のための財政支援を行なうべきだとクラウは訴えている。

 ここには、目指すべき社会についての、ビジョンの転換がある。C40によれば、パンデミック後の世界においては、住民の、とりわけ社会的弱者やエッセンシャルワーカーの安全や健康こそが重視されなくてはならない。「最良の公共サービス、公的投資、コミュニティーのレジリエンスの強化が、もっとも効果的な回復の基礎になる」というのだ。

 日本の左派・リベラルの「反緊縮論」が、消費税削減のような政策案に拘泥してしまっている現状と比較すれば、バルセロナやミラノの構想との違いは明らかだろう。たしかに、「消費税ゼロ」は大胆な政策案だし、人々の生活の負担を軽減するという意味で、社会的弱者寄りの政策である。だが、一方で、「通常運転」の生活に戻ってもらい、「経済を回す」という消費税削減の狙いは、まさに、コロナ前の「破滅への道」に戻ることに貢献してしまう。実は、その限りで、自民党の「GoToキャンペーン」と大差がないのである。

 ここには日本の反緊縮派が抱える、階級中心主義、経済決定論という問題が透けて見える。反緊縮派によれば、どのような問題の解決にあたっても、まずは経済成長を志向しなくてはならない。何故なら、労働者階級の経済問題こそが最重要問題だから。

 そのため、反緊縮の言説においては、人種、自然環境、ジェンダー、人権といった問題が軽視されることになる。もし仮に、経済外の問題が語られたとしても、それは、あくまでも経済成長の手段として語られるにすぎず、副次的なものになってしまうのだ。だから、都知事選でも複数の候補者が言及するようになった「グリーン・ニューディール」も、経済成長のための手段へと矮小化されてしまう危険性が拭えないのである。

 この危険性を「経済」、「環境」、「民主主義」という「環境危機のトリレンマ」の構図を使って簡単に整理することができる。三つのうち、二つまでを選択することはできるが、三つのすべてを選択することができないというのが「トリレンマ」だ。例えば、第二次世界大戦後の先進国に見られた資本主義と民主主義のペアは、環境を犠牲にして、発展してきたのだった。

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