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2021年1月24日 (日)

犬笛政治の果てに ③

続き:

共和党の犬笛政治の半世紀

 共和党の犬笛政治が最初に「成果」を生んだのは1968年大統領選挙である。共和党候補のリチャード・ニクソンは、共和党に対する南北戦争以来の反感から民主党を支持し続けた南部白人有権者が公民権改革を推進する民主党リベラル派に反発していることに注目し、かれらを共和党に引き込むために「法と秩序」の擁護を南部白人に向けて強調する「南部戦略」を展開した。ジムクロウ法と白人至上主義秩序に対する黒人の直接抗議行動に憤慨していた南部白人は「法と秩序」の人種的合意を歓迎し、ニクソンは南部の複数の州を民主党から奪取した。

 「法と秩序」「暴徒」「犯罪」「麻薬」などの言葉は、黒人に対する否定的な言明において恣意的に適用することで、人種的意味を帯びていった。取り締まりを黒人に偏重させ暴力を振るう警察を「法と秩序」の守護者として擁護し、黒人の抗議行動の一部が暴動化したときには背景を考えずに運動全体を「暴徒」と非難、抗議活動が非武装で破壊行為をしていなくても「暴動の恐れ」を警戒すれば、黒人=「暴徒」、「法と秩序」=白人の安全、という連想が形成。その結果、「暴徒」や「法と秩序」を語るだけで、黒人の脅威から我々白人の安寧を守れというメッセージを白人有権者は受け取る。「法と秩序」が白人の人種意識に根ざした不安・恐怖・憎悪を喚起しても、形式上は人種を指し示さないため、カラーブラインド主義のもとでは白人有権者もレイシストの烙印を回避できる安心感からこれを支持する(Tali Mendelberg, The Race Card, 2001)。

 犬笛政治はその後の共和党政治家たちに継承されていった。ロナルド・レーガンは不正福祉受給で贅沢する「福祉の女王」エピソードを捏造し、白人「納税者」の税金を「福祉」として黒人女性が食い物にしていると連想させて反福祉感情を高めさせた。さらに、アファーマティブアクションを逆差別であると非難し、連邦政府の権限に対する反感を広めることで、公的セクターを縮小し、公民権保護行政の弱体化を意図的に推進。

 さらに「麻薬との戦争」を掲げて連邦政府と各地方警察の協働による取り締まりを激化させ厳罰化を進めた結果、膨大な数の黒人が収監され、「麻薬犯罪」と「黒人」の連想を再生産した。この政策はその後歴代政権に継承された。だが、黒人の麻薬所持率が白人より特に高いという事実はない、黒人の逮捕率・有罪率の高さや、刑務所人口における黒人比率の高さは、黒人を潜在的犯罪者と仮定する取り締まりの偏重(人種プロファイリング)がもたらした事態だ。

 21c.には中東系やムスリムが「テロリスト」と同義にされ、「イリーガル(不法/非合法移民)」取り締まり強化の訴えがメキシコ系を攻撃する犬笛となった。移民法が定める条件を満たさない書類不備移民(undocumented immigrant)の状態は法律違反であるが、移民法は民事に所属する。だが、「不法/非合法」という言葉は存在自体の犯罪性を示唆するので、人種を明示せずに白人を襲う犯罪者や白人の社会保障への寄生者としてのメキシコ系イメージを喚起する言葉として、共和党は「非合法移民」の語を積極利用した。共和党は、「非合法移民」取り締まりは特定人種の排除ではないと強調してきたが、外見からは移民/市民、合法/非合法の判断は困難なため、「非合法移民」攻撃はメキシコ系の人びと全体の敵視を煽ることになった。しかし実際には、書類不備移民は社会保障等の行政サービスを利用せず、犯罪率もアメリカ市民より低い傾向がある。

 犬笛はジェンダーの分野でも発動する。1973年に合衆国最高裁が中絶を合法化するロウ対ウェイド判決を下すと、福音派(保守的プロテスタント)を中心に、中絶の再非合法化を目指す「プロライフ(pro-life' 生命指示派)」運動が勃興した。着床時から胎児は人間の生命だと主張し、中絶権を擁護するフェミニストを殺人支持者と非難する運動だが、胎児の「生命」もまた犬笛政治用語として機能してきた。

 プロライフ論は、妊婦が母親にならない選択を許さず、ゆえに女性のジェンダー役割の制限を正当化する。フェミニストへの攻撃を通じて、女性が男性と対等に多様な役割や社会的機会を追求することや女性の自己決定権をスティグマ化する論理。だがプロライフ派が胎児・乳幼児を保護する出生前・出生後ケアへの公的支援や、近年ではミシガン州フリントの水道の鉛汚染による流産の多発に関心を示さないことは「生命」擁護の恣意性を露呈している(乳児死亡率は黒人世帯で高く、フリントの被害者も黒人が多いことは、守るべき「生命」が人種化されていることも示唆する)。プロライフ派は共和党右派への熱烈な支持を通じて同党を反フェミニズム寄りにし、党内穏健派を衰退させてしまった。

 民主党も犬笛と無縁でない、ビル・クリントン政権は犯罪に対する強硬姿勢と福祉「改革」の犬笛政治を実践し、中道的白人有権者を共和党から奪回しようとした。とはいえ、犬笛の徹底ぶりにおいては共和党がまさっていた。

 1960年選挙では黒人票の 30%以上が共和党のニクソン候補に投じられたが、犬笛政治によって共和党はその中核的支持基盤を白人男性とする政党へと変容し、1980年代から現在まで黒人有権者の共和党支持率は最大でも10%程度となった。共和党が犬笛による白人男性アイデンティティ政治を推進し、黒人を疎外した結果だ。アメリカの政治的「分断」は、歴史的には共和党が非白人に関する誇張や虚偽を利用した犬笛政治を繰り返すことで作り出した状況だ。

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