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2021年1月27日 (水)

犬笛政治の果てに ⑥

続き:

トランプを支持する人びと

 前回の大統領選の前後から、トランプ支持者が多かった白人労働者階級(特に男性)を扱う書籍がアメリカで相次いで刊行されて多くが邦訳され、日本の著者による書籍も注目を集めた(J・ヴァンス『ヒルビリー・エレジー』2017年、A・ホックシールド『壁の向こうの住人たち』2018年、ジャスティン・ゲスト『新たなマイノリティの誕生』2019年、金成隆一『ルポ トランプ王国』『ルポ トランプ王国 2』2017年および2019年など)。いずれも非常に洞察に富んでいるが、確認しておくべきことがある。

 これらの書籍に登場するトランプ支持者(ほぼ全員白人で、多くは男性)は、脱工業化のマイナスの影響によって経済的に下降し、苦しんでいる。かれらは語る。これまで多くの政治家たちは自分たちの声に耳を傾けなかったが、トランプは自分たちのために語ってくれる。トランプ支持の理由は状況を改革したいからであり、彼がレイシストやセクシストだから支持しているのではない。彼は真っ当な仕事を我々のために取り戻してくれそうだ……。

 トランプ支持者たちは、自分たちが差別主義者だとは考えず、彼等の多くは公(学者やジャーナリストのインタビューに答える時)には露骨な差別語や生物学的人種論を振り回して非白人集団を罵倒したりせず、穏やかだったり知的だったりする。彼等の言葉は歴史的文脈抜きに受け取られ、トランプ支持の動機の説明から人種という要素が取り払われることで、白人、特に労働者階級を非レイシスト化、さらには脱人種化する叙述となりがちである。

 白人労働者階級が苦境にあることは事実だが、問題は彼等がその苦境を語る枠組みである。A・ホックシールドは深南部の白人労働者階級が共有する世界観「ディープストーリー」を明らかにする。それは、自らの力で山(成功の社会経済階梯)を登ろうとしている「我々」の列に、人種や性別を理由に特権的な力(連邦政府の積極的不平等是正策)で横入りし自分たちの先を行く連中(黒人や女性)という対比である。

 カラーブラインド主義の枠組みからすれば前時代的な人種的悪意の差別表現とは言えず、ゆえに人種やジェンダーに基づく政策の被害者たちが抱く正当な不満に映る。

 だが本当に、彼等は自らの力だけで山を登ってきたのだろうか。

 彼等の多くが勤勉だったのは確かだが、彼等は勤勉のみ によって地位を築いてきたわけではない。企業はかって従業員の団結による労働運動を防ぐために、人事で人種・ジェンダー対立を煽ってきた。黒人・女性労働者は非熟練労働部門に限定、白人男性は相対的高賃金で安定した熟練職に容易にアクセスできた。白人男性労働者自身が職場ヒエラルキーの維持を積極的に推進し、既得権としての高待遇な職種を労働の現場で維持し、黒人は怠惰で女性はか弱いといったステレオタイプにより正当化した。

 このような差別が積み上げた職場の不平等と結びついて、一見人種・ジェンダー中立的な職場のルールが、白人男性の特権独占を再生産した。ブルーカラー現場で一般的な年功制(seniority)は、黒人や女性の熟練部門への参入を阻害し、人員整理の際に就業年数が少ない従業員を優先解雇することで、白人男性以外の従業員に不利に働いた。従業員の紹介による採用の慣行は、白人男性従業員が「仲間」と思える者だけを採用する仕組みとなった。労働組合員のみを雇用する労使協定(建設労働に多かった)によって、雇用の人種・性差別が禁止されても、黒人や女性の組合加入を拒否することで実質的に白人男性が職を独占し続けた。これらの慣行の中には1960年代以降、公民権法のもとで連邦政府に是正を求められるものもあった。

 白人労働者に安定した雇用を通じて、年金や失業保険など社会保障の恩恵を受けてきた。ニューディール期に創設された社会保障は、世論の支持を獲得するために、労働者が自分で稼ぎを支払って獲得する権利であるという(実態とは異なる)説明がなされてきた。そのため白人は「社会保障」を自分で獲得した権利だと想像し、他方、共和党の犬笛の効果もあって「福祉」は黒人や非合法移民が白人「納税者」に寄生する制度というイメージで理解された。

 20c.前半に南部農村から都市部へ移住した黒人は深刻な住宅差別を受け、ゲットーと呼ばれる特定地区への集住を余儀なくされた。ニューディール以降の住宅政策は政府や公社による住宅開発援助や住宅ローン融資の基準に人種を用い、不動産業者や金融業者にも継承された結果、白人は住宅政策の支援を受けて郊外に資産価値の安定した住宅を購入しやすく、黒人は劣悪な住環境を強いられ続けて今日に至っている(武井寛「黒人はこうして排除されてきた」『現代ビジネス』Web版、2020/08/20 など)。

 つまり、白人男性労働者が勤勉に働けば報いられる時代とは、雇用や住宅獲得の機会、公的な援助の恩恵から白人男性以外を排除することで実現された時代でもあった。彼等の主張は表面的には人種・ジェンダー中立的であるが、カラーブラインド主義の色眼鏡を外して歴史的文脈に照らせば、人種・ジェンダーでコード化された言説だ。

 さらに、トランプ支持の理由として挙げられる「雇用」もまた、犬笛政治によって人種化されている。トランプは「アメリカ人」の雇用を日本や中国やメキシコ人移民が奪ったと非難し、対中強硬貿易政策と移民排斥を推進した。しかしトランプ支持者の多い地方ほど移民は少なかったという調査結果もあり、両者が雇用において競合関係にあるとは断言しがたいうえ、製造業雇用の減少はオートメーション化や電子化によるところも大きく、仮に生産拠点を中国からアメリカに回帰させても多数の雇用をもたらす見込みは乏しい。また、トランプ支持者は彼が雇用を増やしたと賞賛するが、雇用はオバマ政権期から一貫して増加してきた。トランプ政権のおかげで雇用が増えたという言説は、大統領の人種に対するバイアスを踏まえて理解するべきだ。

 勿論、こんな問題は労働者階級のみならず、トランプを支持する白人有権者に広く当てはまる。彼等のトランプ支持論が人種に直接言及する単語や表現を含まなくとも、カラーブラインド・レイシズムである可能性を念頭に置いて解釈するべきであろう。

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