犬笛政治の果てに ④
続き:
トランプの犬笛
以上の歴史を踏まえれば、トランプ大統領は共和党の半世紀にわたる犬笛政治の総決算であり、かつ犬笛政治をさらに先鋭化させた人物だと言える。彼の発言や大統領としての政策の大半は、白人対非白人の対立と家父長的なジェンダー規範への帰属意識を、自己への支持に動員していく政治行為であった。
トランプ大統領は就任早々、行政命令によりイスラム圏 6ヵ国からの移民とシリア難民の入国を停止した。ムスリム=テロリストという人種偏見に基づき「テロリズムの脅威」を謳い、白人有権者の人種的恐怖心を刺激する政策だった。だがテロリズムの脅威をこの政策が実質的に減少させたという証拠はない。
トランプは米墨国境の「壁」建設を推進し、2018年秋には難民として庇護を求めるために合衆国を目指しメキシコを北上する中南米出身者集団を「キャラバン」による「侵略」だと非難し、米軍を米墨国境近くに派遣して武力での排除を辞さない構えを見せた。「壁」建設予算の獲得に失敗すると国家非常事態宣言を発し、国防費から強引に予算を捻出させた。これによってラティーノ=治安への脅威という人種化されたイメージを「安全保障」上の脅威へと引き上げた。さらに移民関税執行局(ICE)による書類不備移民の摘発と収容施設への収監を劇的に進めたが、その際にトランプは収容された移民の親と幼い子どもを強制分離させる措置を正当化した。
新型コロナウィルスの深刻さをトランプは当初意図的に軽視していたが、感染拡大が深刻化するとこれを繰り返し「中国ウイルス」と言い、根拠なき陰謀論を含む、全ての責任を中国に負わせる発言を繰り返した。これは中国だけでなくアジアにルーツをもつ存在を(白人国家としての)アメリカの外部からもたらされる潜在的災厄と認識する反アジア・レイシズムを利用した責任転嫁だった。
新型コロナウィルス感染が拡大する中、警察の人種暴力に対するブラックライブズマター(BLM)運動の抗議デモが2020年5月以降全米で大規模に広がったが、参加者はほとんどが非武装であり、破壊行為もごく一部で、その中には白人至上主義活動家による捏造もあった。だがトランプは BLM自体を「暴徒」と非難し、「略奪が始まれば射撃が始まる」と述べて軍による鎮圧まで示唆しつつ、繰り返し「法と秩序」とツイートした。
だが彼は同時期に、ロックダウン解除を要求してミシガン州議事堂を占拠した白人武装集団を「怒れる善い人びと」だと擁護した。
トランプはまた、タフで他者に屈せず、女性に<保護>を提供する<男らしい>白人男性像の体現を試みてきた。彼は2015年の大統領選出馬宣言で、メキシコが送ってくる移民は「犯罪者、ドラッグ売人、レイピスト」だと非難し、前述の「キャラバン」に対しては「女性たちは安全を求めており、奴らの入国を望んでいない」と発言した。
これらの発言はラティーノをレイピストと想像させ、白人女性を<保護>する<男らしい>白人男性の代表を演じると同時に、白人女性に対しては、保護を提供する白人男性の権威の尊重とトランプ政治への<白人としての>支持を求める戦略であった(二度の選挙で白人女性票の過半数がトランプに投じられたのは、この戦略の有効性を物語る)。このレトリックは、奴隷解放後の19c.末の南部で流布した、黒人男性をレイピストとみなし、その性的脅威から白人女性を保護するという名目で白人男性が行使する凄惨な人種暴力を肯定した表象をなぞっている(拙稿「黒人レイピスト神話」のポリティクス」『ジェンダー史学』第3号、2007年など)。
このような手法は、刑務所からの一時外出中に白人カップルをレイプし殺害した黒人男性の顔を全面に映したジョージ・H・W・ブッシュ陣営の1988年選挙のテレビCMにもみられた。だが、このトランプはラティーノが性的脅威であると積極的に指し示すメッセージを放つ点で、さらに踏み込んでいる。なおトランプによる女性への<保護>は彼自身をはじめとする男性の権威に対する女性恭順を条件としており、自分の権威を認めない女性を執拗に罵倒する彼のミソジニー的な態度は一貫している。
トランプは2016年選挙でプロライフを宣言して福音派の支持を集め、大統領に就任すると 3名の保守派判事を最高裁に任命した。プロライフ派は勢いづき、共和党政権下の州の多くが2018年以降に中絶規制を強化した。アラバマ州やテネシー州はレイプ・近親姦も含め全ての中絶を事実上禁止する州法を制定した。これらの州法の違憲訴訟が最高裁に達すればロウ判決が覆る可能性は大きい。
身体に対する女性の自己決定権への制限を推進しつつ、トランプは白人男性の身体的自由への制限を嫌悪し続けた。深刻なコロナ禍でもマスク着用を渋るトランプは、自分こそ白人の正しい<男らしさ>の体現者だと示すために、支持者集会でバイデンのマスクについて「マスクが彼に安心感を与えているようだが……私が精神科医だったらこの男は何か大きな問題を抱えていると言うだろうね」と揶揄して聴衆を沸かせた(アメリカではアジア人がよくマスクを着用するという印象があるため、トランプのマスク発言は<白人>男性性の優越を誇示する戦略なのだろう)。
トランプは、白人至上主義を明確に否定しないという態度を一貫してとってきた。2017年8月、南北戦争時の南軍司令官ロバート・E・リーの像の撤去をめぐり、ヴァージニア州シャーロッツヴィルでナチス風に「血と土」を叫ぶ白人至上主義者が対抗デモ隊と衝突した。トランプは騒動の「双方」に責任があり、白人至上主義者側にも「よい人々」がいると述べた。この発言は共和党指導者たちの一部も批判した。共和党の政治家がカラーブラインド主義と犬笛政治はレイシズムではないと主張するために、露骨な白人至上主義者を否定することは守るべき一線だったからだが、トランプはこの一線を侵犯した。
2019年8月にテキサス州エルパソで白人青年が「ヒスパニックのテキサス侵略への応答」を宣言し、銃を乱射して 20 名を殺害する事件が発生した。犯人の言葉は「キャラバン」に対するトランプの前年の発言をなぞっていた。トランプは「我が国はレイシズム、迷信、白人至上主義を非難すべきだ」とは述べたが、ラティーノを「侵略者」視する犯人の思想自体を明確に非難しないことによって、否定されるべき白人至上主義の定義自体を極限まで狭めた。
こうしたトランプの姿勢は白人至上主義を活性化し、人権団体「南部貧困法律センター」によれば 2017年から2019年にかけてヘイト(ヘイトスピーチ)団体の数が 55 %増加した。
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