Clinical COVID-19 : 口腔との関連と口腔健康管理の重要性 ⑤
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鼻腔では、脳の嗅球に近い嗅上皮の支持細胞にACE2が発現していることから、SARS-CoV-2が嗅上皮に感染することにより嗅覚障害が起こると推察される。また、鼻内所見は正常にもかかわらず、炎症により嗅裂部の封鎖が見られた症例も報告がある。口腔と鼻腔はウィルスの体内への入り口であることから、下気道よりも先に感染が起こっている可能性がある。
先に述べた無症状患者からの高い感染リスクと考え合わせると、歯科医療従事者は、問診での味覚や嗅覚異常の訴えに十分注意する必要がある。
2) 唾液中の SARS-CoV-2 の由来
食事やカラオケ時に、唾液飛沫を浴びたり感染者と共通の物を食べたりすることで感染が起こっていることから、鼻腔や下気道からの分泌物に汚染されていない唾液、すなわち自然に流れ出る唾液も感染源となっていると考えられる。実際に、COVID-19患者の唾液腺に ACE2 が発現していることや、査読前の論文ではあるが、唾液腺菅の開口部付近(舌下小丘)から採取された唾液中にSARS^CoV-2が検出されることが報告されている。
また、COVID^19患者由来の組織ではないが、ACE2が唾液腺の導管、腺房、粘膜基底細胞上部の隣接細胞を含む上皮や、口唇の小唾液腺や顎下腺の導管部上皮等にも発現していることが報告されている。肺や腸管でのACE2の発現と比べ、唾液腺での発現は低いとされるが、ACE2の発現量とウィルスの感染性に関しては不明である。先と同じ査読前の論文ではあるが、COVID-19患者由来の唾液には、ACE2およびウィルス RNA 陽性の上皮細胞が、完治後の唾液には抗 SARS-CoV-2抗体が認められたいう。また、COVID-19感染が確定した患者のパラフィン包埋標本から、SARS-CoV-2の検出を試みた研究がある。この報告によると、症状が出る前の感染者の舌の腫瘍病変内および顎下腺の標本から SARS-CoV-2の RNA が PCR で検出されている。すなわち、SARS-CoV-2 は早い段階で口腔に感染している可能性がある。
以上のことから、口腔は SARS-CoV-2 感染の場所であり、唾液は SARS-CoV-2を伝播する媒体であると考えられる。しかし、実際に SARS-CoV-2が舌や口腔粘膜および唾液腺等に感染し複製するのか、また唾液中のウィルスはどこの組織に由来するものなのか、など重要な点がいまだ不明。口腔領域における SARS-CoV-2研究の発展が待ちどうしい。
3) COVID-19検査における唾液の有用性
感染の拡大阻止には検査の拡充が重要なことは言うまでもないが、PCR 検査の際、鼻咽頭拭い液の採取は、専用の器具や防護着等が必要となるのみならず、医療従事者が飛沫を浴びる危険性が生じる。インフルエンザの検査を受けたことがある方はわかると思うが、被験者自身も短時間ではあるが苦痛を伴う。SARS-CoV-2は無症状の人からも伝播するため、症状のある人はもちろんのこと、濃厚接触者等を早期に検査する必要がある。また、空港や病院、介護施設等で大人数を検査する場合や、クラスターが相次いだ場合などでは人員的な面からみても鼻咽頭拭い液を用いた検査は難しい。
感染者の唾液中に SARS-CoV-2が多く含まれているため、唾液が感染者の発見に有用あることが明らかとなった。実際に、唾液中には鼻粘液中に匹敵するウィルスが排出されており、多くの PCR 検査で両方のサンプルの結果が一致するとの報告がなされた。唾液は被験者自ら容易に採取できることから、医療従事者の感染リスクと労力を大幅に減らすことができる。
わが国でも、北海道大学血液内科のグループから興味深い結果が示された。CODID-19患者10名と疑い患者66名に、唾液を自己採取してもらい PCR 検査を行った。COVID-19患者の年齢の中央値は69歳、検体採集日の中央値は発症後9日で、患者の症状はほとんどが軽度から中等度であった。検査の結果、ウィルスは症状の発症後2週間以内に採取されたすべての唾液で、検出され、鼻咽頭拭い液を用いた検査との一致率は97.4%と高い値を示した。鼻咽頭拭い液と唾液中のウィルス量は、平均 7.8~3.0および5.5~2.7 log10 copies/ml で有意差なしだった。
唾液中のウィルス量は発症時にピークに達し、最初の週に最高で、その後は時間経過とともに減少することや、回復期においては唾液中のウィルス量は鼻咽頭拭い液と比べ早く減少することが分かった。
この研究は76名を対象にしたものだったが、同じグループは最近、保健所の追跡調査および空港での旅行者を対象に1924名もの無症状者に対する唾液検査を実施し、その信頼性を示す研究結果を発表した。それによると、鼻咽頭拭い液と唾液の感度(陽性を陽性と判定する割合)は、それぞれ86%と92%で、特異度(陰性を陰性と判定する割合)は共に99.9%を超えた。医学雑誌の最高峰である The New England Journal of Medicine にも、唾液は鼻咽頭拭い液に代わり得る検体であると報告がなされた。医療従事者が採取した鼻咽頭拭い液と患者自身が採取した唾液とで比較した結果、唾液のほうが SARS-CoV-2の RNA 量および診断後 10日間での陽性率が高かった。また、495名の医療従事者を対象として、従事者自身が採取した唾液で検討した結果、13名が後日感染者として確定した。13名中9名においては鼻咽頭拭い液も同時に採取されたが、陽性を示したのは7名であった。
さらに重要なことに、ウィルス RNA 量の変動幅は、鼻咽頭拭い液に比べて唾液のほうが小さかったことから、唾液は採取の仕方に左右されることが少なく、安定した検体であると言える。
このような研究成果が基となり、特に、空港検疫の対象者や濃厚接触者などに対して、唾液を用いた PCR 検査や抗原定量検査が実施され、感染者の早期発見と感染拡大防止に唾液が大きく貢献している。
<明日は 4) について>
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