香害―――新たな空気公害 ①
水野玲子(サイエンスライター)さんの小論を載せる。「世界 3」より コピーペー:
□ 21世紀型の空気公害 /
2009年前後から、家庭用品から揮発するニオイにより健康被害に悩まされる人が増加している。それは目下「香害」と呼ばれているが、具体的には、日々家庭で洗濯時に使用する柔軟仕上げ剤(以下、柔軟剤)、消臭・除菌スプレー、制汗剤、芳香剤、合成洗剤など、主に香つき製品のニオイによってもたらされる健康被害の事。多種類の有害物質が家庭用品から揮発して空気を汚染する。それを吸い込んで起こる健康被害という意味では、「香害」は新しいタイプの21世紀型の空気公害ともいえる。
一方、「公害」といえば、我が国で多くの人が思い出すのが、水俣病、イタイイタイ病、そして、食品公害のカネミ油症などである。それら従来型の「公害」では、たとえば水俣病では有機水銀、イタイイタイ病ではカドミウム、カネミ油症ではPCB(ダイオキシン)など、少なくとも、原因となる化学物質を特定することができた。
ところが近年、先進諸国を中心に半世紀以上前に見られなかった新しいタイプの疾患や症候群が現れ、人々を苦しめている。多発性化学物質過敏症(MCS)、慢性疲労症候群(CFS)、線維筋痛症候群(FMS)、過敏性腸症候群(IBS)など数多くあり、香害もその一つといえよう。それら疾病や症候群などは、米国では環境中の化学物質などが原因となって起こる疾患の総称――”環境病” (Environmental Illness) とよばれている。
それらの多くは、人工化学物質に関連していると疑われながら、その数があまりに多いために、原因物質の特定ができないだけでなく、因果関係を証明することもほとんど不可能に近い。すでに現代人の生活環境には、何万、何十万という化学物質が溢れており、2015年には米 CAS (ケミカル・アブストラクト・サービス)に登録された人工化学物質の数は1億件数に達し、我々は今、見えない化学物質の海の中での暮らしを強いられているからである。
※ 文中で、人体に敵対的なイメージをもつ香り、危害を加えるにおいを”ニオイ”と表記する。
□「香害」の発生
「香害」の問題はまだ始まったばかりである。戦後最大の公害の水俣病やカネミ油症事件などをみても、発生から半世紀以上たった現在でも、最終的な被害者救済に至らないことがしばしばである。そうした過去の公害が辿った長い道のりを考えると、「香害」は、それが「公害」であるとする認識すら、まだ社会的に共有されていない状況だ。
シカシ、2020年、国民生活センターは、柔軟剤のニオイによって健康被害を訴える相談が2014年以降928件(78%が30~60歳女性)も寄せられたと報告している。そのことだけから考えても、香害被害者が増加していることがうかがわれる。生活空間の中で、アパートやマンションで、隣の家の洗濯物から流れてくるニオイで体調不良になる人、学校給食用白衣の柔軟剤のニオイで登校拒否になる子どもなど、香害は敏感な体質の子どもの学習の機会さえ奪っている。こうしたニオイにまつわる昨今のクレームはあとを絶たず、職場の隣人の香水や柔軟剤のニオイで退職を余儀なくさせられた人、患者のニオイで個人経営の病院を閉じた医師もいる。その中で2020年7月、市民レベルの調査によって全国に香害被害者が7000人以上いることが明らかになった。
本稿の目的は、「香害」が生活用品から揮発する人工的なニオイ、化学物質の複合汚染による新しい空気公害であるという問題提起をし、その特徴を考察することである。また、海外のこの問題への対応を紹介し、わが国の規制への道筋を考える。特に多くの若い女性がこの新たな公害に苦しみ、声をあげていることは特筆したい。
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