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2021年3月 9日 (火)

人間と科学 第321回 今と似ていない時代(5) ①

中川 毅(立命館大学古気候学研究センター長)さんの連載文を載せる。 コピーペー:

セルビアの英雄(その 2 )

 最初の大戦が終わると、ミランコビッチはベオグラード大学の教授職に復帰した。それから 1940年ごろまでのおよそ20年間は、ミランコビッチの才能が爆発的に花開いた時期である。

 彼は惑星の軌道がどのように変化し、それによって日射の強さがどのように変動するかを計算によって求める方法を確立し、それを地球だけでなく、月や地球以外の惑星にまであてはめていった。また日射の変動が氷河の成長にどれくらい寄与するかを計算によって「復元」した。

 太陽放射と古気候についてのミランコビッチの研究成果は、1920年代と30年代を中心に、主としてドイツ語の論文として多くの学術雑誌で発表された。それでも学会の大半は、ミランコビッチの説を「異端」であると考えていた。だが同時に、少数の熱烈な支持者も獲得していった。

 早い段階でミランコビッチを支持した一人に、大陸移動説で有名なアルフレート・ウェゲナーがいる。大陸移動説の正しさが広く受け入れられたのも、プレートテクトニクス理論が登場する1960年代以降のことである。生前は評価されることの少なかった巨人同士、どこかで響き合うものがあったのかもしれない。

 一連の仕事に区切りがついた1939年ごろ、年齢的にも60代にさいかかったミランコビッチは、いろいろな所で断片的に発表してきた自分の研究成果を、一冊の本にまとめる仕事に着手した。執筆には2年を要し、完成した原稿は600ページを超える大著になった。

 本の活字が組まれ、ベオグラードの工場で印刷が始まったのは、1941年の4月2日のことだった。だがこの日は、セルビアにとって皮肉なタイミングに当たっていた。そのわずか4日後の4月6日、ナチスがセルビアに侵攻を始めたのである。

 

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