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2021年4月26日 (月)

Social Science 大人のう蝕リスクとその対処を考える ⑤

 続き:

10. フッ化物の利用

 フッ化物が、健全な歯面をう蝕にしない一次予防に有効であることは万人のしるところである。しかし、今あるう蝕を進行させない、重篤にしない二次予防に効果があることは知られていない。保存学会のう蝕治療ガイドラインなどがフッ化物を応用した根面う蝕の治療指針を示したことで、フッ化物の二次予防効果が周知され始めた。「フッ素は子どもの時に使うもの」と考えていた時代は去った。人々は、生涯にわたりう蝕リスクにさらされているから、生涯にわたりフッ化物の力を借りるべきである。

1)  根面う蝕にこそフッ化物の応用を

 市販の歯磨剤のフッ化物濃度の上限が 1000ppm (容器の表示は 980 ppm)から 1500ppm (容器の表示は 1450ppm) に引き上げられた。また、フッ化物含有洗口剤 (フッ化物濃度225ppm)がドラッグストアでふつうに買えるようになり、以前と比べフッ化物利用の環境が良くなってきた。う蝕治療ガイドラインでは、活動性の根面う蝕の再石灰化療法ぬに、セルフケアでのフッ化物応用を強く推奨している。

 フッ化物配合歯磨剤(フッ化物の濃度が 1100~1400ppm)とフッ化物配合洗口剤(フッ化物濃度が 250~900ppm)を、毎日併用で、永久歯の活動性根面う蝕が回復する。

 初期の根面う蝕であれば(ICDAS Code  1)、フッ化物濃度1450ppm の歯磨剤の使用だけでも再石灰化の可能性がある。因みに米国歯科医師会は、根面う蝕予防にフッ化物濃度 900ppm の洗口剤の毎日使用か、またはフッ化物濃度 5000ppm の歯磨剤を使って1日2回、イエテボリ法で歯ブラシすることを推奨。日本ではフッ化物濃度 900ppm の洗口剤は週に1回使用に限定され、フッ化物濃度 5000ppm の歯磨剤にいたっては認可されていない。我が国におけるフッ化物応用の消極性は、以前からWHOなどに指摘されている。

2)  38% フッ化ジアンミン銀

 今から約半世紀前にデンティストを悩ませたのは、治療が追いつかないほどの子どものランパントカリエスであった。その状況を救ったのが、う蝕進行抑制薬剤の 38%フッ化ジアンミン銀(サホライド、ビーブランド・メディコーデンタル)である。その後、サホライドは、歯質を黒変させるとして長い間顧みられなかったが、今、約55000ppm という高いフッ化物濃度の本剤が、高齢者の根面ランパントカリエスに威力を発揮している。サホライドは、う蝕進行抑制の効果ばかりでなく、応用の簡便さ(年に1回か2回の塗布)による費用対効果も高い。

3)  フッ化物バーニッシュ

 ISO(国際標準化機構)は、フッ化物バーニッシュを「歯面に数時間塗布された状態で、主にう蝕予防に、ついで知覚過敏抑制に有効とされる材料」と定義している。日本で販売されているフッ化物バーニッシュ(Fバーニッシュ、ビーブランド・メディコーデンタル)には、フッ化ナトリウムがフッ化物濃度 22600ppm と国際レベルで高濃度に配合されている。ただ、我が国では、象牙質知覚過敏鈍麻剤として認可されているため、う蝕の予防や進行抑制に使う場合は保険適用外となり、デンティストの自己責任で用いることとなる。

4)  フッ化物濃度 5000ppm の歯磨剤

 フッ化物濃度 5000ppm の歯磨剤は、要介護者や高齢者の根面う蝕の進行抑制に有効であることが、臨床研究により明らかになっている。欧米各国では、医薬品としてデンティストの処方箋を必要としたり、薬剤師との対面販売であったり、または全くフリーパスの国もあり、国によって扱いは違うが、多くの人々が高濃度フッ化物歯磨剤の恩恵を受けている。

5)  店頭のフッ化物配合歯磨剤について

 ドラッグストアに行くと、歯磨剤の容器には「フッ素」、「むし歯予防」といった言葉が躍っているわりに、肝心のフッ化物濃度が記載されていないものが多いことに気づく。人々がフッ化物の配合されていないものや、配合されていても、有効な濃度でないものを購入してしまう環境だ。フッ化物濃度とう蝕抑制効果は用量反応関係にあり、濃度が増すごとにう蝕抑制効果が高くなる。しかし、どれほどの人が、配合濃度でむし歯予防効果に違いがあり、500ppm 未満ではう蝕予防効果が報告されていないことをデンティストから教わっているだろうか。本来フッ化物の配合濃度は高いほうがよく、うがいできるのであれば、6歳未満の小児でも 1000ppm を使うべきとの見解を示す専門家もいる。

 因みに、米国で人気の子ども向け歯磨剤 (Crest  Frozen、P&G) はフッ化物濃度 1500ppm である。6歳以下は、エンドウ豆サイズで使うよう、2歳以下はデンティストに相談、と容器に書いてある。

おわりに

 う蝕の発生機序が、Keyes の3 つの輪(歯・細菌・糖質の 3 要因)で説明され始めてから半世紀が経つ。この概念は今も、う蝕を語るうえでの基盤である。しかし、近年のめざましい分子生物学の進歩は、う蝕発生機序を生態学的プラーク説やう蝕・歯周病統合説で解き明かしつつある。今まで述べたう蝕のリスクのマネジメントが、やがて古典的といわれるようになり革新的な手法にとってかわる日が来ることを願いつつ。

 

 

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