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2021年5月22日 (土)

実装される監視社会ツール ⑤

続き:

行動追跡手段としてのマイナンバーカード

 先にみたように、マイナンバーカードは、「デビットカード、クレジットカード、キャッシュカード、ポイントカーッド、診察券」と一体化し「ワンカード」にするのが政府の意向。これが実現すると、市民一人ひとりの購買履歴、行動履歴等が逐一捕捉されるおそれもある。

 政府は当初、2015年10月から消費税を8%~10%に上げる代わりに、マイナンバーカードを利用して食料品等を購入した場合、その購入実績に応じて最大4000円をバックマージンする制度を提案したが、広範な反対で導入されなかった。これはまさに、市民の消費動向を把握することと引き替えに増税緩和策を採用する仕組みだった。

 EUがGDPRで厳格なプライバシー保護を打ち出した要因の一つは、世界中の人々のネット上の行動履歴を把握できる立場にあるデジタルプラットフォーマーが諜報機関に情報を提供していたことが、エドワード・スノーデン氏による告発で明らかにされたことだ。EUがアメリカとの間で個人情報の流通を認めたセーフハーバー協定は、欧州司法裁判所によりプライバシー保護に欠け無効とされた。代わって制定されたプライバシーシールドも同様に無効とされた。EUは、民間事業者が簡単に行政機関に個人情報を提供する仕組みを信用しないので、改善を求め続けている。

 プライバシーより情報流通を促進してきたアメリカは、民間事業者の情報流通を促進してきただけであり、行政機関主導で個人情報をどんどん集積していくことに合意があるわけではない。悪名高い社会保障番号も、限定された行政目的で付された番号が、民間で自由に拡大利用されていった弊害が問題となっているのであり、最初から行政が意図した結果ではない。

 アメリカでは、個人情報が民間事業者の中で自由に流通すること(data free flow) 自体が表現の自由であるととらえ、その憲法上の地位を高く評価してきた。デジタルプラットフォーマーは、これを体現する企業として、個人情報を集積し、商業利用をして繁栄してきた。しかし、2016年のイギリスの EU離脱を問う国民投票とアメリカ大統領選挙では、選挙コンサルティング会社がネット上の行動履歴をもとに主権者の投票行動を誘導しようとした(ケンブリッジ・アナリティカ事件)。それにより、個人情報の自由な流通はむしろ主権者の意思形成をゆがめ、表現の自由を侵害するおそれがあることが明るみに出て、アメリカにおいても個人情報の流通をめぐる価値観の転換が進んでいる。

 現在、G7を典型とする民主主義国家群では、民間企業が大量に保有する個人情報を巡り、いかにデジタル社会でプライバシーを確保するかに腐心している。日本は逆に、マイナンバーカードに付随する多種多様な民間企業ベースでの個人情報の情報処理事業をアマゾンに一任しようとしている。そもそも、民間事業者が大量のデジタル情報を収集・利用するのに対し、人権の観点から制限を加えるのが民主主義国家の使命であるのに、逆にロードマップを描いて自ら先頭に立って旗振りまで行なっているのは、世界標準の「人権」「民主主義」「法の支配」とかけ離れている。

 主権者である市民はこのまま進んでよいか、ロードマップに一度目を向けることから始めた方がよい。国際的なプライバシー保護の動向から見る限り、それは現実的な政策目標というより、マッドサイエンティストの描いた夢想図にしか見えない。

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