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2021年5月 6日 (木)

人間と科学 第323回 植物と薬と人間(1) ③

続き:

 斉藤(私)も前任の教授の後を継いで、薬学部では生薬学や薬用植物学の講義を担当したが、決して植物の名前や育て方に詳しいわけではない。市民講座などで講演した後や、古い同級生などに会うと、自分の好みの植物の育て方やその名前を聞きに来る方が多いが、多くの場合は残念ながら満足のいくお答えをすることができない。このような植物を見る目や植物を育てる能力などの、いわゆる「植物心」は先天的な才能に依るところが大きいように思う。専門教育を受けていなくても、植物を見分けて名前を覚え、次に見た時に正確に判別できる先天的な能力を持った天才的な人たちが確かにいる。日本の植物の分類に大きく貢献した牧野富太郎氏などは、このような天才の一人だったと思われる。

 しかし、現在では斉藤(私)のように植物を見分けて名前を覚えることに凡庸な人間にも便利なスマホのアプリが利用可能になっている。斉藤(私)もそれらの植物判別アプリを使っている。その精度は 98%とも言われているが、確かに一部分だけの写真を撮っても直ちに植物名やその植物に関する様々な情報を教えてくれる。実に便利であるが、昔のように学生版牧野植物図鑑を携えて、いちいち特徴を捉えて名前を調べた楽しみはなくなってしまう。

 さて、話は脱線してきたが、教授室のにおいの話にもどろう。斉藤(私)2020年3月に薬学部教授を定年退職したが、かって斉藤(私)の訪れた若い学生さん達が巣立った後に、何年かして斉藤(私)の教授室の何を思い出すだろうか?爽やかな芳香か、はたまた、息苦しい雰囲気に包まれた思い出か?こちらとしては長い学期末の試験成績をもらう時のできの悪い学生のような気分である。

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