人間と科学 第323回 植物と薬と人間(1) ①
斉藤和季(理化学研究所環境資源化学研究センター長)さんの研究小論を載せる。 コピーペー:
連載「植物と薬と人間」は、まず私(斉藤)の自己紹介から始める。私は長く大学の薬学部で生薬学や植物成分のゲノム機能科学、バイオテクノロジーなどを研究教育してきた。今は理化学研究所で、SDGs(持続可能な開発目標)の実現を目指した研究センターの管理運営と植物研究に携わっている。ここでは、植物と薬と人間との関わりについて、つれづれに思うところを書くつもりである。どうぞ、気楽に読んでいただきたい。
匂いは人間の感覚の原始的、本能的な部分に関わっているという話を聞いたことがある。確かに、人生の様々な場面の古い思い出が、匂いとともに鮮やかに呼び起こされることが多い。私(斉藤)も研究者キャリアにおいて教えを請うた何人かの先生方の教授室の匂いや、そこでの会話の場面を思い出すことがある。最初の学部学生時代に指導を受けた愛煙家の先生の教室は、タバコのヤニの匂いで満ちていて、先生の顔はいつも紫煙の向こうにあった。大学院時代の恩師で微生物や植物の化学成分を専門とする先生の教授室は、床磨きワックスのクレゾールの匂いがしていた。この先生は、植物遺伝子組み換えの開拓者だったので、元素周期表を模した様々な作物のパネルも教授室の壁に飾られていた。
斉藤(私)の前任の薬学部教授は薬用植物を講じていたので、教授室には国内外からの生薬や薬用植物の標本が沢山置いてあった。そこは、いわゆる「漢方薬のニオイ」満ちていた。この漢方薬の匂いは、様々な生薬(主に植物などの天然物に由来する素材を精製せずに用いる薬)から発せられる揮発性化学成分が混じりあったものに由来する。これらは、精油(エッセンシャルオイル)とも呼ばれ、香りのよい植物(いわゆるハーブ類)や生薬から水蒸気蒸留によって得られる揮発性油成分の混合物である。
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