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2021年6月25日 (金)

人新世――新たな地質時代の科学と政治 ⑥

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 我々は遅々とした、おそらく遅すぎるペースでここまで来た。主に米国の資金援助を得て、複数の国際機関が、ばらばらだった問題群を総合的・複合的なものとして構築することに取り組み始めている。

 しかし IPCC に政策を強制する権限はおろか、協議する権限もない。今のところグローバルな制御機構はなく、あるのは 2015 年のパリ協定や、2021 年11月に英国グラスゴーで開催予定の COP26 サミットといった国際合意だけ。

 日本がリーダーシップを握る可能性はある。日本は G7ではじめて気候計画の更新版を提出した国だが、2030年度に温室効果ガス排出量を2013年度比で26%削減するという 2015年次点での目標を再確認する以上のことはできていない。国連が「存亡の危機」と呼ぶほどの事態を鑑みると、このスタンスは残念。

 IPCCは、全地球の人間活動による CO排出量を2050年にゼロにするためには、2030年までに2010年に比べて約45%削減せねばならないと警告している。現状の取り組みが続く限り、排出量は 0.5%下がるにとどまる。

 グローバルな目標に向けた国際協力とともに、環境の豊かさを拡大し循環型経済を造りだすためのローカルな貢献がボトムアップで生まれることも必要。種の相互依存という生物学的概念を援用した「相利共生」という新しい語が、我々が構築しようとしているサイクルを表す言葉としていま用いられつつある。

 なかでも日本は、人新世に生きるための先駆的なモデルを出せるポテンシャルがある。日本には、他国と比較して有利な点が複数あるのだ。

 第一に 10年前と比べ人口が減少。これは世界の傾向に先駆けるもの。この、日本学者ピーター・マタンレのいう「人口減少ボーナス」は総じて良いことである。資源需要が減るのに加え、再自然化のための土地ができることで、生物多様性が進み、土壌再建による環境再生型農業――福岡正信の『自然農法 わら一本の革命』(春秋社)が世界的に有名だ――の実践も促進できる。

 第二に日本はすでに完全成長に達しており、先見性のあるリーダーシップがあれば、佐渡市をはじめ一部の地方自治体のように、定常経済、あるいは脱成長経済のような発想でさえも取り入れることができる。豊かさとは、消費を増大させることではなく、文化的な高齢化社会の需要にかなうものなのである。

 第三に日本の人口密集都市はすでに洗練されたインフラとすぐれた公共交通を持っているが、それを環境再生型に転換できるかもしれない。その一部はすでに、地域循環共生圏(CES) のコンセプトとして、日本の第五次環境基本計画(2018年)で提案されている。資源消費型の都市を「相利共生都市」に作り変えるためには、モノをリサイクルするだけでは不十分だ。

 清浄な空気や水や食品を生産し、より豊かな生物多様性を実現し、相互作用をもつコミュニティが成り立つ空間を形作らねばならない。しかしそれは決して、日本の技術者や科学者、デザイナーたちの手に負えないものではない。家や店の外に鉢植えを置くというような、今や消えつつある古い習慣が都心で再び現れ、推奨される可能性だってあるのだ。

 しかしその前に、経済活動を、我々を生かしているグローバル・コモンズの破壊を推し進める方向から転換させねばならない。政治学者マーク・ビーソンが書いているように「誇張を覚悟で言うが、現在人類史上最も重要な 10 年かもしれない……人類全体の運命を変える機会はきわめて限られている」のだ。

 

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