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2021年7月26日 (月)

コンピュータシステムがもたらした冤罪事件 ③

続き:

   冤罪被害者たち

 ニューカッスルで委託郵便局長をしていたサラ・バーゲス・ボイドさんは、2009年に彼女の局の窓口業務で4万ポンド(約600万円)が不足していたとして窃盗罪で有罪判決を受けた。解雇された彼女は、その後うつ病を発症し、無実が明らかになった今も復職できていない。公社側は彼女の無実の訴えを信じず、局の経営が順調であったにもかかわらず、彼女に4万ポンドの補填を要求した。ボイドさんは返済のために貯蓄を使い果たし、うつ病の治療に追われてきた。2019年の高等法院による判決後、公社側からとりあえず支払われた返還金は僅か500ポンド(約7万5000円)だった。彼女は、「委託郵便局長として本当に誇りを持っていました。自分の仕事を愛していましたし、顧客のことを大事にしていました」と語っている。

 再審請求を申し立てたジュリー・クライフさんは、オーバー・ウォロップ村で20年間、委託郵便局長を務めていたが、他の局長らと共に虚偽決済、詐欺、窃盗の罪で起訴され、100時間の奉仕活動命令と2万5000ポンド(約375万円)の支払い命令を受けた。コンピュータシステムが彼女に勘定不足を通知して来た時は心配になったが、自分が盗んでいないのはわかっていたので公社のヘルプラインと何時間も話したという。だが、公社側は決してシステムに問題があると認めなかった。公社による調査は、郵便局やクライフさんと夫の自宅だけでなく生活の隅々に及んだものの、犯罪の証拠はつかめなかった。にもかかわらず、2010年に裁判所は有罪判決を言い渡した。

 クライフさんはその後、何百もの求人に応募したが、犯罪歴のある彼女を雇ってくっるところはなかった。それでもこれまで彼女が無実を訴え続けることができたのは、家族や友人、村の人々の支えがあったからだとクライフさんは語っている。

 起訴されたものの、運よく無罪判決を受けた人もいた。ニッキ・アーチさんは、グロスターシャ郡ストラウドの郵便局に勤務していた2000年に、2万4000ポンド(約360万円)の勘定不足の責任を疑われて停職となった。アーチさんは局長の病気のため業務を任された従業員にすぎなかったが、ホライズンを操作できたのが彼女一人だったために詐欺と窃盗の罪で起訴された。

 当時、彼女は結婚を控えていた。公社による調査に怯えながらも、アーチさんは2001年に結婚に踏み切った。「両親がお金を出して自分たちで計画していた結婚式はキャンセルしなければなりませんでした。全然、お祝いをする気分にはなりませんでした。私たちの将来がどうなるかもわかりませんでした。私のフィアンセは、私が刑務所に行くかもしれないと言われていたのですから」と回想する。

 アーチさんの「事件」が地元紙で報じられると、街の人たちの目は厳しくなり、それが彼女の精神を蝕んでいった。弁護人はアーチさんに、自白して弁償したほうがいいと助言したが、彼女はそれを断って2002年4月に裁判が始まった。裁判で証人として呼ばれた委託局長もアルバイトの女性も、アーチさんが盗んだ事実はないと証言してくれた。陪審の評決も無罪だった。

 だが、それで彼女が救われたわけではなかった。その後の若い夫婦の生活は苦難の連続だった。郵便局の職を追われた彼女を雇ってくれるところはなく、精神を病んだアーチさんは何度も入退院を繰り返した。夫婦は破産し、家を売り、両親の家に同居せざるを得なくなった。

 アーチさんは、民事裁判を通して、公社による調査がいかに過酷であったか、自分たちの人生がいかに破壊されてしまったかを訴えることだけに希望を見いだして生きてきた。集団訴訟の原告団に入った際、アーチさんは公社に対して、かって自分を取り調べた際の録音を提供するよう求めた。しかし、公社による回答は、「破棄した」というものだった。集団訴訟が勝訴に終わった後も、アーチさんが郵便局に足を踏み入れることはない。それは、郵便に関わるあらゆることを目にしたくないからである。誰かに手紙を届けたいときには自分で相手の家まで配達する。この事件が冤罪被害者ひとりひとりの人生にどれほど深刻な影響を及ぼしたか、そして及ぼし続けているかを思い知らされるエピソードである。

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