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2021年9月17日 (金)

パンデミックと大学 ②

続き:

  経過が示す三つの要素

 この経過は、何を意味しているだろうか?第一に、大学のグローバル化だ。毎年多くの留学生を送り出し、迎えている。最初に起こったのはその中断だった。大学のグローバル化は地球全体の人の行き来の激しさ、グローバル企業の広がり、研究や情報のグローバル化の一環だ。そして急激な世界規模のグローバル化こそ、パンデミックの大きな要因だった。

 法政大学は SGU(スーパーグローバル大学)だ。この申請にあたっては学内でも「なぜグローバル化が必要なのだ」という疑問の声も聞こえていた。しかし研究と教育のグローバル化は研究者にとっても、世界が働く場となる学生にとっても不可避であり必須である。大学は世界の動きの一部なのである。今回はいくらか収束すれば留学は再開できるであろう。しかしパンデミックや災害はまたいつ起こるかわからない。デジタルによる留学や研究交流への道を、常に持っていなければならない。

 第二に、通信環境とオンライン授業開始にあたってのドタバタは、すでに始まっている教育手段の急激な拡大によるものだった。法政大学は通信教育部で、インターネットを介した教育を日常的に行っていた。通学制の学部でも、コロナ前から画像や動画を使うことは当たり前で、もはや黒板とチョークだけで教育をできる場所ではなくなっていた。学生が自分で配布資料をダウンロードし、個々に教員からの情報を獲得し、授業の一部が配信できる学習支援システムもあった。NHKと提携して番組視聴と対面での議論を組み合わせる反転授業も存在した。JMOOC(日本版大規模オンライン講座)のコンテンツ制作や大規模授業のオンデマンド化は、狭い都心キャンパスの教室を少しでも余裕あるものにするために、「長期ビジョン」の一環として計画的に進められていた。それが、双方向オンライン授業のほぼ100%の拡大を、数週間でしなければならなくなったのである。

 学生もすでにデジタル・ネイティブ世代であった。日常的にはスマホ使用者であることから、パソコンの使用を強いられ通信環境も整えねばなくなったわけだが、しかしインターネットを使ったことのない学生はほとんどいなかった。つまりこれはすべて「準備中」であったからこそできたことで、黒板とチョークの時代であれば授業は完全にストップだっただろう。インターネットの普及とグローバル化と世界規模の人流もも相互に関わっている。大学はやはり、その世界の動きの一部なのである。今後の課題は、学ぶ学生の立場になって、その質を急速に高めていくいくことである。

 第三に、学生の経済的困窮が明らかになり、精神的課題が問われたことである。両方とも、人流・交流が絶えたことで起こった。この二つのことが、今後、大学として考えねばならない重要な課題だ。

 経済的問題については、完璧にカバーしたとは言えないまでも、政府の「高等教育の修学支援新制度」が間に合った。しかし同時に私学への授業料減免が廃止されたのだ。そこで従来の学内の給付型奨学金の枠を広げ、新たな奨学金を作り、オンライン授業のTA(ティーチング・アシスタント)というかたちで学内雇用を広げた。奨学金の拡大は今後も税制改革を中心に政府に要望し続けねばならないが、大学としてはこの学内雇用のTAという存在が今後、ハイブリッド授業の継続に大きな役割を果たすのではないかと考えている。

 精神的な課題については、「大学とは学位をとるだけの場所ではない」という大学の存在理由を改めて痛感する重要な契機となった。大学は多様な人々が「出会う」場所なのである。聞いたこともない意見を聞き、知らなかった地方や海外の状況を知る。人の弱さや強さに接し、言葉を交わし理解し合うことの大切さを実感する。このための「場」を今以上に有効な場として創造することは、今後の大学にとって、重要な点になるであろう。

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