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2021年9月18日 (土)

パンデミックと大学 ③

続き:

  新しい学びの模索

 オンライン授業についてアンケートも実施し、勿論問題点もあるが、今までにない可能性も見えるようになった。大事なことは教員と学生、そして学生同士のコミュニケーションである。資料を読ませてレポートを書かせるだけでは、学生は他の学生と話し、授業中や授業後に教師に質問し、空気を探り、その場で答えをもらって腑に落ちる。質問と答、レポートとコメント、意見交換、愚痴の言い合い、他の学生の驚くような感想など、他者との出会いがある。しかしそれは本当に、対面でしかできないのだろうか?デジタルによる「新しい学びの模索」が、可能なのではないだろうか?それは教室授業より「学修者本位」という面で、もしかしたら、質の高い授業につながるかもしれない。

 電車と満員バスを乗り継いで交通費をかけながらキャンパスに通っていた郊外キャンパスの学生たちが、通学から解放されたのは確かだった。では、そこまでして大学という空間に通っていた意味は何だったのか?それは大学の授業の「単位」の考え方に理由がある。90分ないし100分を、履修届を出した学生が同じ空間に集まって14~15回受けることで成立する、と決められているからである。卒業単位は124単位以上で、4年間以上在籍しなければならない、と文科省は定めている。

 教室は、ゼミ室や実習室などの少人数授業用以外、全員が固定された教具によって一方向を向く教室空間だ。その教室空間によって授業方法は固定化されていた。教師は教壇から皆に向かって、とりあえず一方的に話す。教室授業で一人一人の学生と向き合うことは難しく、個々の学生の能力や関心に沿った教育は困難であった。特に留学生が一緒に受講する授業では、日本語を含めた理解度の違いまで考えず、「教員の考える」あるレベルで授業を進めていた。学生はそこまで追いついてくるべきだ、と漠然と思う傾向があった。留学生が多いと、話を留学生に分かりやすいようにと考え、もっと進みたい日本人学生が退屈する場面も経験してきた。

 そこで、一人一人の能力と関心に合った授業展開ができないものだろうか?オンラインの録画やオンデマンドであれば、時間数と回数は無意味になる。オンデマンドは勿論だが、時間を共有する双方向オンライン授業も、録画すれば何度でも受講できるからだ。すでに理解できている課題を飛ばすことも可能。対面とデジタルを組み合わせ、複数のTAを投入することによって、質疑応答や即座のコメントなど、個別指導の可能性が生まれる。さらに、学生自身が教師とともに目標を設定し、スケジュールを管理し、目標達成まで学ぶ流れを作ることも可能である。

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