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2021年10月12日 (火)

公正な医療アクセス阻むグローバル製薬企業 ③

続き:

◉ ワクチン・医療品の知的財産権免除の要求

 国際社会の取り組みも、それが「善意」の上に成り立つ限り、自国優先になるのは当然であり、経済格差が即ち命の格差となる。先進国の都合と思惑で事態が進む中、途上国側の不信と不満は高まりつつあった。

 そもそも、世界にワクチンが行き渡らない根本的な理由は、生産量の圧倒的な不足にある。少数の企業による独占と管理がもたらす限界といってもいい。医薬品や検査キットを含め、途上国には多くの製品も不足している。それらの生産主体を大幅に増やす必要があるのだ。

 こうした背景から2020/10/02、世界貿易機関(WYO)の知的財産権(TRIPS)理事会にて、南アフリカとインドは、新型コロナ関連のワクチン、医薬品、診断ツールなどにかかる知的財産権を「一時免除」するよう全加盟国に求める共同提案を行なった。

 なぜ公衆衛生の課題が、「貿易」の場で提起されるのか。

 医薬品の特許や著作権、種苗の育成者権利などは、WTOの知的財産権のルールとして決定され、加盟国の国内法はそれに準じる義務がある。医療関連製品に関する知的財産権は実に広範囲で、医薬品の特許以外にも、検査キットやマスクには意匠(工業デザイン)が、人工呼吸器にはソフトウェアの著作権、製法や工程などの情報は「営業上の秘密」という知財権が適用される。治療法や診断方法に特許が適用される場合もある。

 これら知財のほぼ90%は先進国の企業が有し、途上国側にとっては生産や購入の大きな障壁となっている。今回の南アフリカとインドの提案は、コロナ関連製品にかかる知的財産権のうち「特許」「著作権及び関連する権利」「意匠」「開示されていない情報の保護」の四つに関して、少なくともコロナ収束までを目途に 3年間、一時免除するというものだ。そうすれば、途上国もワクチンを含む多くの製品を安価で入手でき、また能力のある国での製造も可能になる。

 提案国である南アフリカのWTO担当代表は、以下のように提案の主旨を述べている。

 「新型コロナのパンデミックの中、特に発展途上国と後発開発途上国は不均衡な影響を受けています。新しい診断薬、治療薬、ワクチンが開発される中で、これらがどのようにして迅速に、十分な量、手頃な価格で入手できるのか、大きな懸念があります。国際的な連帯と、技術やノウハウを世界で共有することが緊急に求められています」

 この提案の背景には、1990年代にアフリカを中心に蔓延したHIV/エイズの問題がある。当時、欧米の製薬企業が開発した治療薬を入手できたのは、先進国の患者と途上国の一部の富裕層だけだった。特許によって年間100万円にもなった薬は最貧困層には入手不可能。多くの国で、何千、何万もの人々がただ貧しいからという理由で命を落としていった。

 こうした深刻な事態に、HIV/エイズの患者や医療従事者、途上国政府、国際市民社会は問題提起をした。公衆衛生の危機においては、特許を無効化して安価なジェネリック医薬品を製造あるいは輸入できるよう、途上国に「強制実施権」を持たせることを求めたのだ。

 国際的な運動は盛り上がり、2001年の「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定及び公衆の健康に関する宣言」(ドーハ宣言)によってこの規定が認められた。製薬企業の利潤追求の流れを、途上国の人々の医薬品アクセスの権利の側に押し戻した画期的な勝利だった。

 しかし、医薬品特許をめぐる途上国と先進国の攻防はその後も続いてきた。2000年代に入りWTOが機能不全に陥る中、米国など先進国は二国間貿易協定やTPPなどのメガFTAへシフトし、その中で知財保護を強化する条項が次々と提案された。直近ではRCEP協定の中でも、日本や韓国が医薬品特許の保護強化を強く提起したが、ASEAN諸国の抵抗でそれら提案は却下された。

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