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2021年12月21日 (火)

新自由主義から福祉国家へ ①

新村 聡(岡山大学大学院社会文化科学研究科特命教授)さんの小論文である コピーペー:「世界 11」より

1 平等をめぐる対立

 新型コロナ禍は、世界中で経済格差を拡大している。日本では、非正規雇用、ひとり親、零細自営業者など弱い立場の人々にとくに打撃が大きく、近年の新自由主義政策のもとで拡大してきた経済格差がいっそう拡大している。

 人々の中に生活困難への公的支援や格差是正を求める声が強まる一方で、問題解決を妨げている大きな要因が三つあると思われる。第一は新自由主義的な自己責任論、第二は格差を是正する福祉国家の政策への不十分な理解、第三は平等と公平の概念理解を巡る混乱だ。本稿は、格差問題の解決を妨げている三要因について考察して、めざすべき方向について提案したい。

 最初に三要因の要点を述べておこう。

 第一の要因である新自由主義的な自己責任論や自助論は大きな影響力を持ち、格差是正を妨げている。菅義偉首相が「自助」を強調したことに象徴されるように、国民の中でも生活困難の解決を政府に頼らず自分自身の責任と努力で解決すべきだと考えている人は少なくない。とりわけ深刻な問題は、もっとも困難な状態にあって社会の支援を必要としている人々が、しばしば貧困は自身の努力不足が原因で、問題解決にはいっそうの自己努力が必要と考えがちなことである。問題の核心は、自己責任と公的責任、あるいは自助と公助の優先順序だ新自由主義のもとでは、自己責任(自助)が基本であり、公的責任(公助)は補足的とされている。他方、福祉国家では、「健康で文化的な最低限度の生活」(憲法25条)を実現する公的責任(公助)が基本であり、自己責任(自助)は絶対的要件ではない。

 経済格差の問題解決を妨げている第二の要因は、福祉国家の政策への不十分な理解だ。わが国には「福祉国家」を政策に掲げる政党が少なく、めざすべき社会のグランドデザインについて包括的な議論が進んでいない。

 この点に関連してとくに検討すべき重要な問題は、賃金と社会保障の関係である。わが国では賃金と社会保障が別々に議論されることが多く、賃金については、正規と非正規の格差・ジェンダー格差・最低賃金などが、また社会保障については、医療・介護・年金・子育て支援・生活保護などが別々に議論されているのである。勿論、個別的制度の検討は欠かせないが、重要なことは「健康で文化的な最低限度の生活」を実現するために必要な賃金と社会保障の制度の包括的なグランドデザインの検討だ。本稿の結論を単純化して述べると、最低限度の生活に必要な生涯生活費(教育費・住居費・老後生活費を含む)約 2 億円であり、正社員の生涯賃金約 2 億円ではカバーできるが、非正規社員の生涯賃金約 1 億円ではカバーできないので、後者の不足分を社会保障でカバーしなければならないというものである(詳しくは後述する)。

 格差の是正を妨げている第三の要因は、「平等」と「公平」の概念理解をめぐる混乱である。

 経済格差をめぐる議論では、所得や資産の絶対額の不平等に目が向けられやすい。しかし人々が不公正として怒るのは不平等よりもむしろ不公平である。平等と公平の違いを正確に理解することは難しく、そのために議論に混乱が生じがちである。先に述べた自助と公助の優先順序や、賃金と社会保障の関係を混乱なく議論するためにも、平等とは何か、平等と公平はどう違うのかを正確に理解することが必要だ。

 本稿では、まず平等とは何かについて、しばしば「混同されがちな平等と公平の違いに注目しながら考える。その上で、賃金や社会保障などの分配制度における公平の二大原則である「貢献原則」(貢献に比例する所得)と「必要原則」(必要に比例する所得)について説明する。さいごに、日本の経済格差でもっとも深刻な問題ともいえる正規雇用と非正規雇用の賃金格差の現状を検討して、わが国に福祉国家を実現するための制度改革について提案したい。

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