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2021年12月18日 (土)

気候崩壊と脱成長コミュニズム ⑥

続き:

新たな快楽主義と反消費主義

 GND が正しいのは、環境保全「だけ」に特化するのでは足りないということ。そこで、GND は環境と経済をつなげた。だが、必ずしも、経済「成長」つなげる必要はない。脱経済成長と環境をつなげることも可能である。

 たしかに、脱成長は労働者下級にとっては、すぐには魅力的には映らないかもしれない。中産階級の戯言だという批判も根強い。だが、本当にそうか。例えば、もし今の生活を続けていても、二酸化炭素が出なくなり、完全に持続可能な経済になれば、良き生活が実現するという主張にあなたは説得力を感じるだろうか。むしろ、依然として無数の問題が残っていることにすぐに気がつくはずだ。たしかに、衛材格差や不安定雇用もGNDによって改善されるだろう。それでも、長時間労働、満員電車、職場でのセクハラ・パワハラがなくならなければ焼け石に水だ。労働は退屈なままだし、競争社会が心身の健康を害し、鬱や自死を引き起こす。それではまったく意味がない。

 また、超市場社会での消費主義は、広告だらけの社会を生み、欲望を不必要なまでに増幅させることで、環境も破壊している。健康も維持したい。だが、ジョギングのための公園がない。そこで、アップルウォッチでワークアウトし、ジムの会費を払う。異文化にじっくりと触れるような長い休暇が取れない。だから、週末だけの旅行を豪華ホテルにし、大枚を払う。安らぎの家を手に入れるためには、何千万円ものローンを何十年もかけて返さなくてはいけない。家族で休みの日にはイオンに行って、ファストファッションを買う。息抜きには、ネットフリックスや課金ゲーム。結局、もっと多様で、充足的な時間の過ごし方の代わりに、長時間働いては、その対価として得た賃金をすぐに新しい消費活動に使ってしまう。

 この悪循環が続く限り、どれほど経済が発展しても、多くの人々の幸福と健康、そして能力開花の可能性が奪われていく。過剰な消費主義に歯止めをかけると同時に、修理する権利、計画的陳腐化への制限、広告規制などを同時に追求すべきである。それに加えて、労働時間を削減していけば、今とはまったく違う形で、余暇を享受できるようになるはずだ。

 また、過剰な競争や独占に制限をかけていくことで、労働をスローダウンする余地が生まれる。その余地を使って、労働における自律性や民主的意思決定を高めていくことで、労働の疎外をなくしていく。合わせて、ストレスを解消する方法として、公園や図書館、文化センター、共同農園などGDPに反映されない活動に、公的予算を積極的につければいい。「コモン」(公共財)の創出だ。

 消費主義的ではない充足的活動の余地が広がれば、次から次へと商品を購入するための賃労働へのプレッシャーからも解放されるのだ。自由な生き方のための決定権の余地を資本から取り戻すのだ。つまり、脱成長は「新たな快楽主義」を作り出すことを目指すプロジェクトなのだ。

 

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