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2022年1月16日 (日)

パンドラ文書を解読する(上 ) ②

続き:

情報提供と調査報道の連鎖この 10年

 タックスヘイブン(租税回避地)に法人を設立する業者から流出した秘密ファイルに基づく取材プロジェクトを ICIJ が立ち上げたのは10年前の2011年のこと。

 ICIJは、米ワシントンDCに事務所を置く非営利組織で、国際調査報道ジャーナリスト連合を意味する International Consortium of Investigative Journalistsの頭文字からICIJの略称で呼ばれる。国境を越えて世界にまたがっているような不正や社会問題に関する取材・報道で、各国の調査報道記者が互いに助け合うための要となる地球規模のネットワーク組織として1997年に設立。現在、100を超える国・地域の280人の記者がメンバーで、プロジェクトごとに各国の大小の報道機関と提携している。財団などからの寄付を財源とし、専属の記者やIT技術者を事務局に抱えている。

 大企業や富裕層だけがアクセスでき、実質的にどの政府の監督も受けない「並行世界(パラレル・ユニバース)」であるタックスヘイブンの取材・報道は、ICIJにうってつけのグローバルなプロジェクトだ。

 事務局長を務めるジェラード・ライル氏は長年、オーストラリアで新聞記者として活躍。ライル氏によれば、英領バージン諸島の会社をダシにした「魔法の燃料」投資の名目でオーストラリアの人々がお金をだまし取られた事件について、それまでの、取材結果をとりまとめた本を2009年に出版したところ、この会社に関する資料を含む大量の電子ファイルが2011年初めに送られてきたという。タックスヘイブンでの会社設立などを代行する専門業者2社の内部資料250万件、260ギガバイトの電子ファイルがその中身だった。

 そのころたまたまICIJ事務局長の職に空きが生じ、ライル氏は、米国留学中の指導教官から面接を受けるようにと勧められた。オーストラリアの大手紙グループでのキャリアを外れ、給料も下がるが、ライル氏は、手元にある電子ファイルを活かすにはICIJが最適と考えたようだ。「タックスヘイブンは、世界中の異なる国々、日本、ブラジル、ヨーロッパなど、あらゆる場所につながりがある」「グローバルに取材しないとモノにできない」と考え、2011年9月、ICIJの事務局長に転職した。

 筆者(奥山)は2011年12月、米国留学中の指導教授の推薦でICIJのメンバーとなった。2012年6月、上司の市川誠一・朝日新聞特別報道部長(当時)とともにICIJの事務所を訪ね、ライル氏に初めて会った。朝日新聞社としtICIJと提携となり、同月9月、同僚記者と一緒に再度、ICIJの事務所に出向いた。日本の著名人や大企業とタックスヘイブンの関係を見つけようとの観点で、電子ファイルに含まれている法人の株主や役員の住所、氏名、旅券などの情報分析を始めた。実のある情報は殆ど無し、砂を嚙むような、うんざりする作業の連続だった。

 2913年4月、英ガーディアン、仏ルモンド、米ワシントン・ポストなど38の報道機関とともに最初の記事を出した。日本ではそうではなかったが、欧州を中心に国際社会では大きな反響があり、それらの報道は「オフショア・リークス」と呼ぶようになった。

 続けてICIJは、欧州のタックスヘイブン、—ルクセンブルクの税務当局と多国籍企業などの間で交わされた課税に関する340件以上の秘密合意書を入手。26カ国の80人以上の記者が分析と取材を重ねた。日本国民の負担で破綻処理された日本債券信用銀行の後身、あおぞら銀行に米ファンドのサーベラスが投資した際に米国、ルクセンブルク、オランダ、ケイマンの20の法人や組合を経由して出資するスキームが使われたことを示す書面を見つけることができたのは、奥山にとって大収穫だった。

 2014年11月に始まったこの「ルクセンブルク・リークス」の報道は、法律や条約の網の目をかいくくっての租税回避の実態を明らかにし、オーストラリアのブリスベンでその月に開催された主要20カ国・地域(G20)首脳会議は「我々は国際課税システムの公正性を確保し、かつ各国の税源を保護するための措置を取る」との首脳宣言を採択。

 2015年3月、日本の参院予算委員会で、自民党の三原じゅん子参院議員が「税のゆがみが世界のゆがみに繋がり、大きなきしみとなっている」と質問し、当時の安倍晋三首相は「正直者が馬鹿を見てはならない」と述べ、「税源浸蝕と利益移転」対策に関する国際社会の対策とりまとめに向けて「日本政府としてもしっかりとリーダーシップを発揮していきたい」と表明した。

 2014年のルクセンブルク・リークスの後も、ICIJは、スイス・リークス(2015年2月に報道開始)、パナマ文書(2016年4月)、バハマ・リークス(同年9月)、パラダイス文書(2017年11月)、フィンセン文書(2020年9月)などの報道プロジェクトを手掛けた。そこでは、入手した情報の全てを公表するのではなく、事実関係を確認し、その内容の公共性、暴露の公益性を十二分に検討し、当事者に弁明の機会を与えた上で原稿や発信に踏み切る、そんな調査報道のスタイルを貫いてきた。

 ICIJやその提携先報道機関による一斉報道は、毎回、欧州を中心に国際社会で大きな反響を呼び、ICIJの評判を高めた。おそらく、その反響と評判を見て触発されたのであろう心ある関係者が、ICIJやその提携先報道機関に新たな秘密ファイルを提供し、それに基づいて新たなプロジェクト取材を組成すう、そうした調査報道と情報提供の好循環がこの10年、続いてきたように奥山には、思われる。

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