« パンドラ文書を解読する (下) ③ | トップページ | スマホ位置情報の「一網打尽」捜査―――「ジオフェンス令状」の正体 ② »

2022年3月19日 (土)

スマホ位置情報の「一網打尽」の捜査―――「ジオフェンス令状」の正体 ①

指宿 信(成城大学法学部教授)さんは「世界 1」に載せる。コピーペー:

  政府が相当の理由なしに無実の不特定の人の身元をふるいにかけることによってしか悪人を絞り込むことができにというのなら……[その結果]たとえ政府が何か明らかにできると信じていたとしても、合衆国の連邦裁判所はそうした侵害を許容すべきではない。

       2020/08/24、合衆国連邦裁判所決定文より

 2018年 12月、米国アリゾナ州アヴォンデール市警察は当時23歳だったホルヘ・モリーナ氏に任意同行を求め、その後殺人罪で逮捕した。被害者は9 発の銃撃を受けて亡くなっていた。警察はモリーナ氏の自宅を捜査したが銃器も証拠も見つからず、殺害動機もわからなかった。だが警察官は、氏に対して 100%犯人という確信があると告げた。後からわかることだが、警察は、氏のスマートフォンが犯行時刻、現場近くにあったという位置情報をグーグル社から取得していたからだ。

 実はモリーナ氏は自身の古い iPhone を真犯人に貸していた。そのiPhoneの Google アカウント更新されず、古い設定のまま使われていたのだ。こうした事実やアリバイが判明したので、6 日間拘禁された後に同氏は釈放された。しかし、殺人犯として逮捕報道されたことにより職を失い、転職しようにもネットに溢れた報道のお陰で面接すら受けられなかったという。その後、氏は市を相手取って 150 万ドルの損害賠償請求訴訟を起こしている。

 2019年 4月、ニューヨークタイムズ紙がモリーナ氏の受けた被害を報道した。同紙は、グーグル社から位置情報を取得されたのはモリーナ氏ひとりだけではなく、毎週同社が 180通もの同様の令状を法執行機関から受け取っていたと伝え、全米を驚かせた。

 警察が同社からあるエリアに所在した端末の情報を取得する際に用いられていtのが「ジオフェンス令状 (geofencing warrant) 」(以下“ジオ令状”と略)と呼ばれる特殊な命令状であった。“ジオフェンス”とは位置情報を利用した仮想域を設定するジオフェンシング (geofencing) 技術から取られた概念。

 これは、移動体端末の位置情報を利用して物理的空間内に仮想的な「柵(fence)」を設けて、アプリやシステムがその境界内への出入りを検知記録したり、サービスを提供したりする仕組みだ。例えば、顧客が店舗に近づいた時にお勧め情報を送るサービスや、従業員の入退室を記録するようなシステムに利用されている。携帯電話基地局の場合、電波をカバーする範囲は小規模基地でも半径1km、大規模基地になると 7km と広範囲にわたるが、グーグル社の位置情報データベースではある地点から半径 50km までに絞り込むことができるとされる。そうした精度の高さから、犯罪が発生したエリアにいたはずぬ被疑者を絞り込むため捜査機関は有効なツールだと考えた。

 本稿は、こうした位置情報から遡って被疑者を絞り込むために用いられるジオ令状をめぐる米国での状況を紹介し、その問題点を明らかにするとともに、プラットフォーマーと呼ばれる個人の様々な情報を蓄積している巨大IT企業が、いまや捜査機関のエージェントと化している状況に警鐘を鳴らすことを目的としている。

 

« パンドラ文書を解読する (下) ③ | トップページ | スマホ位置情報の「一網打尽」捜査―――「ジオフェンス令状」の正体 ② »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事