サイバー空間の新技術はどこから犯罪になるのか ⑥
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広告表示プログラムとの比較による不正性の判断
あるプログラムが不正指令電磁的記録にあるためには、反意図性と不正性という要件の双方が肯定されることが少なくとも必要。不正指令電磁的記録は刑法168条の 2 第 1 項で定義されて、「その意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反対する動作をさせるべき」という要件を「反意図性」と、「不正な」という要件を「不正性」と呼ぶ。
反意図性の方が詳細に書かれており、不正性はその簡素な書きぶりからも分かる通り、条文から読み取れることが多くなく、立案担当者と呼ばれる条文の作成に関与した人は反意図性の要件をこの規定のメインに据えていた。不正指令電磁的記録に関する罪は、勝手に自己のファイルを消してしまうようなコンピュータ・ウイルスのようなプログラムを規制対象にする。ウイルス等は、一般のユーザーにとって思わぬ動作を勝手にするから、それを作ったり勝手にインストールしたりするいうことこそが処罰すべきポイントであり、これこそが反意図性だ。即ち、立案担当者によれば、反意図性があるプログラムは原則的に不正なプログラム、不正性は例外的に社会的に許される場合にのみ否定されるに過ぎない。
しかし、バグの発生がつきものであるプログラム開発の現場からみれば、反意図性が全くないという要件で、悪性の高いプログラムに処罰の対象を限定することができないように思われた。
実際に、コインハイブ事件においても、有罪無罪の結論を分ける決め手となったのは不正性であった。但し、「不正な」だけからは、思考の手がかりを見い出しにくい。しかも、本件では、不正指令電磁的記録というコンピュータ・プログラムに対してしか適用されない規定が問題になっていた。規定自体がサイバーに特化したものだといえ、Winny 事件と異なり、物理世界の議論の類推で論じることも難しい。
しかし、なおも類推可能な事象があった。広告表示プログラムである。これと比較することにより、最高裁は、大要、電子計算機の機能や電子計算機による情報処理に与える影響は、閲覧者がその変化に気づくほどのものではなかった、また、本件プログラムコードは、社会的に受容されている広告表示プログラムと比較しても、閲覧者の電子計算機の機能や電子計算機による情報処理に与える影響において有意な差異は認められず、社会的に許容し得る。さらに、本件プログラムコードの動作の内容であるマイニング自体は、社会的に許容し得ないものとはいい難い、と述べて、不正性を否定した。
広告表示プログラムじたいも、閲覧者の許諾なく表示されるものであり、一般ユーザーにとってうっとうしいものかもしれない。しかし、社会に広く浸透して利用されており、立案担当者が処罰しないと明言していた点で、許されるべきもののベースラインとして使うことができた。
最高裁は、適法な広告表示プログラムとウエブアプリを用いたマイニングとの間に、、ウエブサイトの運営者が閲覧を通じて利益を得る仕組みという共通項を見い出したが、こうした共通項を発見できたこと自体、運が良かったかもしれない。立案担当者の立法解説によってポップアップ広告として特に処罰しないものとして指摘されていた広告表示プログラムとは別のプログラムについては、立案担当者の考えを頼ることもできなくなる。
具体的な事案の解決方法としては巧妙であるが、一からの立論が難しかったことを物語る事案だということもできる。
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